奈良と私|文・ガクヅケ 木田

著者: ガクヅケ 木田

奈良公園には猿沢池という池がある。東大寺や、鹿が多いいわゆるザ・奈良公園のエリアからも近く、池の上に浮いている大きな木にはだいたいいつも亀がいる。保育園時代にその付近を散歩していた頃から亀がおり、2025年の最近帰った時も亀がいたので、少なくとも30年以上は確実に亀がいることになる。というか奈良で生まれた僕のお母さんが小さい頃に亀がいたと言っていたので、もう猿沢池の亀は僕が把握できる長さではない期間猿沢池にいるのだろう、と思う。

 

幼い頃、猿沢池を弟と手を繋いで歩いていた時、弟が池をじっと見つめているのに気づき(あっ)と感じたその瞬間、弟がその当時外に出る際はいつも手にしていた宝物のミニカーをポイっと猿沢池に放り投げた。池にそのまま沈んでいくミニカーを見て火がついたように泣き出した弟を見ながら僕は(なぜ僕は弟がミニカーを池に投げる前に、あっ投げそう。とわかったのか)と考えながら、兄弟という関係性に何か神秘的なものを感じざるを得ませんでした。僕は1993年9月19日に、奈良で生まれました。

19歳で僕は奈良を出て、大阪で一人暮らしを始めました。その1年後には東京に引越してお笑いをやり始め、そこから今も東京で暮らしています。つまり、僕が奈良で生きていた時間は0歳~19歳の19年間ということになります。

高校時代に僕はバイト先の男の子に初めての恋をしました。その子には気持ちを伝えたのですが、向こうは恋愛的な感情を僕に持つことはないが、友達として楽しいから仲良くしたい、と言ってくれて、実際にかなり仲良くしてくれました。僕が当時高校3年、向こうが1個下の高校2年生という歳の近さもあり、僕たちは様々な話を通して、これぞ青春かもしれないという様な関係性、そして時間を過ごすことになりました。

その子とバイト終わりに喋りながら歩いたのも猿沢池でした。ちょうどその時期は猿沢池に灯籠が灯されているタイミングで、ベンチに腰掛けている彼の眼の中に灯籠が映っており「いや、眼の中に灯籠が映ってすごい魅力的な感じになってる!」と伝えた時に「はあ?」とあしらわれたのも、昨日のことのように思い出されます。

僕がその子に「僕が女の子で出会ってたとしたら付き合えたりしたんかな?」とかなり熱い温度で語りかけてしまい「女の子やったら仲良くなってなかったと思うかな。木田さんが男やからこんなめっちゃ仲良くなれたんやと思う」と現実と優しさの2本の刀で素早く斬り返された場所は東大寺でした。僕は決して付き合えるとかではない、という事実と、しかしだからこそ、その気持ちを伝えてオリジナルの関係性をつくれるのだ、そうですよね、東大寺さん。と語りかけ、猿沢池付近を以前見た彼の瞳の中の灯りに思いを馳せながら通り過ぎ、家路についたものです。

この前実家に帰った際、そのバイト先の男の子と久しぶりに会うことになりました。今僕は31歳で向こうは1個下の30歳、出会ってから13年ほど経った僕たちは、昼から猿沢池や東大寺を見て、夜に生駒に行き歩いて宝山寺を見て、帰りに焼き鳥屋に入りました。僕はその時に、このでかい奈良の歴史の中に、僕の小さな人生も確かに入っている。と強く感じました。

生駒駅のほど近く

先程書きましたように、僕は19歳で奈良を出て1年ほど大阪で暮らした後にすぐ東京に出ました。なので僕は生活らしい生活を奈良で過ごすことはありませんでした。ここで僕が言う生活というのは、家賃を払うためにアルバイトをすることをはじめとした、それをやらないと途端に生活が成り立たなくなるような緊迫感を含んだ、そういう生活を奈良では過ごすことがなかった、ということです。

そのおかげで僕にとって奈良は完全な思い出だけの土地、どこが現実感が薄れ、思い出の中にいるような気持ちになる土地になりました。どこまで行っても大阪や東京での暮らしには現実的な話が付き纏います。お金が足らなくなったら家賃を払えなくなる、そのためにはお金を稼がないといけません。家賃を払えなくなると、想像もできない大変なことが起こると思いますのでそれだけは避けないといけません。まぁそんなのは当たり前のことで、わざわざ書く様なことではないと感じるのですが、僕にとって奈良は真逆の土地なのです。

奈良に帰ると、必ず東大寺がドスンとそびえています。これに限っては僕が生きている間になくなることはないでしょう。それくらいの安心感があります。猿沢池もあります。亀がいなくなるかなとは思いましたが、この猛暑で数こそ少なくなりましたが池の上に浮いている木の上で数匹の亀が甲羅干しをしている姿を見ることができました。

先日などは弟がインスタグラムのストーリー機能で「めちゃめちゃでかい亀がおる」と、猿沢池にめちゃめちゃでかい亀がいる写真を上げていました。その亀は「まだまだ猿沢池盛り上げていきますよ」と言わんばかりの存在感で、実際亀がデカすぎるということで観光客や地元の人もチラチラと観に来て、割と盛り上がっていたそうです。

奈良は変わりませんが、僕はかなり変わりました。奈良を出て大阪で一人暮らしをした後、東京に引越し、僕はお笑い芸人になりました。お笑い芸人になったのとほぼ同じタイミングで、人生で初めて彼女ができました。彼女とは僕が奈良に住んでいた頃からの友達で、そこから8年ほど付き合ったのですが、別れることになってしまいました。僕は初めての失恋に面食らいすぎてしまい、お笑い活動を休ませてもらうことになりました。様々な経験を経て、今はまたお笑い芸人として楽しく過ごさせていただいているのですが、その期間のほとんどを僕は東京で過ごしていました。

 

お笑い活動を休んでいる期間、久しぶりにしっかりと帰省しようと1週間ほど奈良に帰りました。

元彼女との思い出もある様々な場所に足を運んでわざとめちゃめちゃ落ち込んだりもしました。

はぁ、これは本当にショックだ、俺はこれからどうしたらいいのか、というかかなりしんどいし、俺は何のために暮らしていかなければならないんだろうか、などという考えが脳みそのあのウネウネの隙間から出てきて、それが勝手に脳を支配する感じで、考えたくないのに感じているというか、「考えるな感じろ」の最悪バージョンが延々起こっていて、もうこれは疲れたわ、とりあえず今日はもう実家に帰ろうと帰宅。そしてその道中にあるスーパーに入りました。その時、あぁ、懐かしいなあ。と感じたのです。

 

そこはなんていうことはない地方によくある大きなスーパーで、ベターっと広くワンフロアがあり、そこにフードコートや自転車売り場や電化製品売り場などが全て入っている幕の内弁当的なスーパー、ここに入るのは思えば久しぶりだなと感じました。

前回帰省した時は寄らなかったな、最後に来たのは前々回とかだった気もする。そうなるともう4~5年ぶりとかか、などと思っていると、ふと屋上に続く長いエスカレーターが目に入りました。それは屋上にある立体駐車場に向かうためのもので、車で来る時以外は用のないエスカレーターなのです。

思えば小さい頃、ここに親と車で来たなあ。学生時代も、親と出かけた帰りに車で寄っていました。

一時期めっちゃ来てたけど、全く来なくなった場所。僕は久しぶりにそのエスカレーターに乗ってみることにしました。

屋上には自販機があり、そこでジュースを買って辺りを見渡すと、かなりの懐かしさが襲ってきました。おそらくここに最後に来たのは10年以上前の僕で、今いきなりここにいる。当時の感情がふんわりと蘇る中、今の自分の感情が交ざり出し、なんとも言えない気分でふと再度辺りを見渡すと、そこに元彼女と19歳くらいの時に自転車を漕いで渡った道が飛び込んできました。

 

今の今までわざわざ思い出さなかったのですが、そこは確かに僕と元彼女が付き合う関係になる前、僕の用事に付き合ってくれる形で2人で奈良に来た時に、自転車で郡山イオンに向かう道中に渡った道でした。その時は付き合うとかは全く思わず、その当時好きだった、先程書いていたバイト先の男の子の話をし続けていました。僕はその後東京に出て、彼女に告白して、付き合って、別れた、そして今僕はこの場所から、付き合う前に渡っていた道を見ている。なんのために暮らしていかなければいけないのかとかはわからないですが、まぁ生きていたらそんなこともあるかと自然にふっと思った瞬間でした。

奈良は歴史の町というイメージがあると思います。僕はあまり詳しくはないのですが、実家に帰ると無性に歴史的な場所に行きたくなります。猿沢池や東大寺はもちろん、明日香村の古墳や、吉野の山の中や室生寺などかなり昔からあるすごい建造物や自然、おそらく吉野だったと記憶しているのですが、山の中を歩いているといきなり目の前にヤバいくらいデカい木があり、なんだこれはと見ていると下のほうに小さな看板があり「この木は樹齢300年以上あります」と書いてあったことがありました。

僕が生きているよりずっと昔からこの吉野のここにこの木は生えていて、今もかなりパワフルにそびえている。おそらくは今後も生えているし、もしかしたら僕がこの世から去った後もここに生えているのかもしれない。そう思うとその途方もなさにぼぉっとした後に、これを忘れないようにとスマホで写真を撮り、友達に「すごい木があった」と写真を送り、送ったその写真を見返してみると本来の存在感は僕のスマホカメラで撮った写真には収まっておらず「確かにでかい木だ」と優しさのみの返事が来た時に、改めて目の前の木の放つ歴史と時間の厚さに圧倒されスマホが小さく感じました。

僕にとって奈良はなんだろう、と考えるとセーブポイント的な場所だなと思いました。奈良にある数々の歴史あふれる場所は、自分がどんな生き方をしていても、その長い歴史の中の一員にしてくれる。そんな感覚にしてくれます。ありがとう奈良!はやくまた帰りたいです。

著者: ガクヅケ 木田

相方の船引と2014年にガクヅケを結成。
近年noteで自身の経験を投稿した内容が話題となりライブ化された。
また、バトルラップ2013UMB大阪予選BEST8に進出するなど、幅広く活動中。 

編集:荒田もも(Huuuu)