荒川の下流域にアザラシが迷いこんだようで、民放各局の情報番組は、早速、現地に取材スタッフを派遣している。

 面白いのは、各番組が、当初、このニュースを
「タマちゃん再登場か」
 という言い方で伝えていたことだ。
 タマちゃんの帰還。長いお別れ。かくも長き不在。あの夏のタマちゃん――なつかしい名前だ。

 もちろん、タマちゃんが帰ってくることは、現実的に考えて、あり得ない展開だ。
 6年前に姿を消したあの皮膚病だらけの弱ったアザラシが、東京湾の川に戻ってくるのだとしたら、桂浜には坂本龍馬が戻ってくるだろう。それほど荒唐無稽な話だ。それに、映像をひと目見れば一目瞭然だが、あれはタマちゃんではない。今回のアイツはずっと小さい。

 なのに、テレビの中の人たちは、あくまでも
「タマちゃん出現か?」
 という前提で取材を開始したふうを装っている。
 なぜか。

 たぶん、そう言った方が盛り上がると考えたからだ。
 番組制作者は、視聴者に「タマちゃん」を思い出してほしかったのだ。
 で、今回登場した新人のアザラシ君にも、あの当時のタマちゃんと同じような役割を期待している。毎日新鮮な話題を供給し続ける万能のタレント。夢よもう一度、だ。だから彼らは、流行った映画の続編を撮るみたいな調子で、タマちゃんの後継者を育成するべく、世間を煽りにかかっているのである。

 放送された内容をまとめると、ストーリーはこんなぐあいになる。

1. ある日、番組に荒川の秋ヶ瀬橋付近でタマちゃんが帰ってきたという情報が寄せられた。
2. 早速、取材班は現地に向かった。
3. タマちゃんらしきアザラシの姿が目撃された河川敷の周辺には、人だかりができている。
4. 謎の生物を見たという釣り人やアマチュアカメラマンにインタビューを試みる。
5. 何人かが「タマちゃん」に言及している。
6. 取材班はついに一人のカメラマンが撮影したという謎の生物の映像を入手することに成功。ここでCM。
7. 番組スタッフは映像を持って専門家に分析と鑑定を依頼。
8. 専門家の意見では「タマちゃんである可能性は低い」とのこと。大きさも顔も違う。種類もおそらく別。突然CM。
9. 初登場以来、「アラちゃん」(仮名)の目撃情報は途絶えている。
10. われわれ取材班は、今後も現地にとどまって監視を続行する所存である。それではスタジオに返します。

 無論のこと、取材の順序は上の通りではない。
 上記の内容は、視聴者にわかりやすいように並べ変えた、放送用のお話だ。
 本当は、こんな感じだったはずだ(と思う)。

「ん? アザラシの写真と動画? よし、ソッコーで買い取れ。買い占めろ。現金だ現金。経費はケチるな」
「ヤマダは動画入りのiPad持って専門家のインタビューとってこい。そこいらへんの水族館でオッケーだから」
「ん? タマちゃんじゃないことは専門家でなくてもわかるって? バカかお前は。タマちゃんで視聴者引っ張らないで何で引っ張るんだ?」

「それから川っぷちに行く組は現地の釣り人の声集めとけよ。どうせ爺さんだらけだろうけど、なるべくトーンの良い若いヤツと女子供優先でな。おばさんはダメだぞ。直前になって顔出しNGとか言い出すから」
「ヤマシタは近くの近所の保育園に交渉して、ガキどもが動員できるようなら手当しておけ。いいか、アザラシが顔出さない時のために、園児が水面に向かって名前を呼びかける絵をおさえておくんだぞ。名前? 《アラちゃん》でいいんじゃないか? どうせそんなとこだろ」
「それから、ヤマナカ以下C班のバイト連中は、志木の市役所に住民票を出す予定があるのかどうか、各自持ち回りで何回か問い合わせしとくように。後々のこともあるから、しつこく食い下がっとけよ」

 レポーターが現地に到着するまでの間を埋めるのは、「タマちゃん」の回顧映像だ。

 横浜の帷子川に出現したタマちゃん。多摩川の水面に顔を出す丸いシルエット。発行された住民票のアップ映像。「西玉夫」というふざけた名前。荒川の護岸に上陸してくつろぐ寝姿。ボートに乗り上げようとして落ちるタマちゃん。トンチキなBGM。休日の人だかり。見物人にアイスクリームを売るオヤジのインタビュー。なぜか小泉元首相のぶらさがり取材コメント。「タマちゃん。ツルちゃん。可愛いよね。ボクも会いたいよ」小泉スマイル。河川敷の野次馬。デカい望遠レンズをかかえたアマチュアカメラマンの一団。見物に来た保育園児。「タマちゃあああーん」と呼びかける子供たち。川面に映る夕日。しっとり系のピアノソロ演奏。番組は、この機会をのがさじとばかりに、6年前の取材映像を一気に再利用しにかかる。

 おそらく、「アラちゃん」(仮名)のニュースは、この先しばらく、午前中と夕方の情報番組を席巻することになる。少なくとも、現場はそうなることを期待している。理想としては、三日に一遍ぐらいのタイミングで、近辺の橋や意外な場所(支流や運河、東京湾の別のポイント)に目撃情報が出る展開が望ましい。と、気象予報士が、荒川流域&東京湾の地図に目撃ポイントをマークして、次の出現場所を予測する手法で、毎日、一定の尺を稼ぐことができる。大丈夫。テキの動画がそこそこ撮れてさえいれば街録と専門家のインタビューでどうにでも絵は作れる。ゴーだ。ヤマナカ、ゴーだ。

「かわいいですね」
「癒されます」
 と、コメンテーターは笑顔で答える。
 可愛いから?
 違うよ。ここは流れからして「かわいい」と答える決まりになっている。そこのところの空気がわかる人間でないと、コメンテーターの仕事はつとまらない。だからかわいいと答える。それだけの話だ。本当のところどう思っているかなんてことは、この際関係ない。かわいくないとかなんとか、ナマの感想を口に出すヤツは業界人失格。そういうことだ。

 情報番組のスタジオでは、この種の話題が常に熱烈に求められている。ほのぼのした、癒し系の、こぼれ話枠のニュース。まぬけな泥棒が鍋に残っていたおでんを再加熱している間に御用になったとか、どこかの縁の下にたぬきの親子が住んでいたとか、熊の子が見ていた運動会ではお尻を出した子が一等賞だったとか、いや失格だったとか、そういうタイプのおとぎ話みたいなエピソードが、定期的にもたらされないと、夕方のスタジオは間を持つことができないのだ。なんとなれば、情報番組は、その性質上、ゲストの女優さんが笑顔でコメントできるタイプの話題を最低でも毎日一つは用意しておかないとバランスが保てないからだ。

 しかしながら、実際のところ、癒し系のネタは長らく払底している。
 通信社が配信してくる話題は殺伐とした事件ネタばっかりだし、新聞記事の後追いも実になんというのか、コメントのしようのないトラブルに終始している。そうした事態を打破すべく、ディレクターは、スタジオにデカいパネルをしつらえて、パネルに貼った紙を効果音入りでベリベリ剥がしながら、せめてシャレにならないニュースにサスペンス要素を加えようと努力している次第なのだが、この手法も最近では、視聴者に飽きられている。というよりも、露天商のたわけた口上は、彼らが行きずりの存在だからこそ大目に見られているテの羊頭狗肉なわけで、毎日同じセリフを聞かされたら、誰だってうんざりするに決まっているのである。

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