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最近よく『超かぐや姫!』の評価を目にしますが、中間の意見は少なく、かなり賛否両論な印象を受けます。
なぜここまで評価が真っ二つに分かれるのか。気になって筆者なりに考察してみたので共有します。
最初に断っておくと、筆者個人の評価は『面白いポイントもあるけれど、トータルでは面白くなかった』という、賛否でいえば「否」側の人間です。なるべく中立に努めますが、あくまで『否』の視点からの考察であることはご容赦ください。
この作品を冷笑したり、合わないと感じたりしている人の大半はこれが原因です。
・ 会話テンポやノリ
・ 万人受けしなさそうなキャラクター
・ 百合要素
等々、オタクが好きなものを良くも悪くも無理やり詰め込んだ作品なので、どれか一つなら許容できても、複数が積み重なるとノイズになって物語に没入できなくなります。
例えるなら、『何が出てくるか分からない料理屋に行き、出てきた皿に苦手な食材が大量に入っていた』ような状態です。少しなら耐えられても、許容量を超えれば無理だと感じるのは自然なことです。
実際、筆者はかぐやのワガママな性格が本当に受け入れられませんでした。勝手に金を使い込んだり、女を武器にして主人公をコントロールしたりする姿を見て、序盤は物語に集中できませんでした。
ここで筆者が言っている世界観の引っかかりを中心に批評している方がいたので紹介させていただきます。
人を選ぶ世界観の問題点が分かるかと思います。(『超かぐや姫!』が大好きな人は視聴非推奨)
https://youtu.be/PZ1slg7LYNo?si=9u9_zN-ON2h00yhE
こういう要素をすんなり受け入れられた人は第一関門クリアです。
皆さんはアニメ映画作品を評価するとき、どの要素を重視しますか?
筆者の配分はこんな感じです。
・キャラクター:15点
配点を見てもらったら分かる通り、筆者は単純な話の面白さでエンタメ作品を評価してます。
これが映像、音楽の配点が高い人だと超かぐや姫は高得点になると思います。
また、ここが難しいところでエンタメ作品の評価軸なんて個人の裁量で作品毎にいくらでも変わってしまいます。
超かぐや姫は映像、音楽だけを見たらほとんどの人が高得点をつけると思います。
柔軟にエンタメ作品を受け入れ作品をポジティブに楽しもうとしている人は
「超かぐや姫の良さは映像と音楽!そこが良かったから高評価!」
となるかと思います。
それとは対照で、筆者のように
「映像と音楽は良かったけど話はイマイチだったし並か並以下かなぁ…」
もちろん0か100かという話ではなく、自分の価値観持っているけど多少柔軟に良さを評価できる人もいると思います。
ポケモンで例えると『超かぐや姫!』の種族値はツボツボみたいなもんで、耐久力の高いポケモンを望んでいる人からしたら高評価、火力の高いポケモンを望んでいるなら低評価って感じですね。
柔軟に評価基準を変えれる人ならツボツボの耐久力を好意的に受け止めれます。
またこれに関連する話題で、若者、おじさんのどちらが超かぐや姫を楽しめてるか、と論争になってましたが、おじさんの方が生きてきた時間が長い分価値観が凝り固まっている人の割合が高く、若者の方が比較的柔軟に評価出来る人間が多いってだけだと思います。
凝り固まった価値観をもったおじさんでも、その価値観に超かぐや姫がピタッとハマれば評価するので、この世代は超かぐや姫を受け入れられない!みたいな主張は間違っていると思っています。
ファンの方には受け入れがたいかもしれませんが、ここだけは言わせてください。
『超かぐや姫!』の脚本の完成度は、お世辞にも高いとは言えません。
特にタイムリープものの名作をいくつも見てきた読者の皆さんなら、設定の矛盾や説明不足な点が気になったはずです。(他作品と比べるのはナンセンスかもしれませんが)
「かぐや=やちよ」という仕掛け自体は筆者も好きですが、肝心のタイムリープ周りの補完が雑すぎて、納得感が全然足りません。
物語の整合性を重視するタイプからすると、どうしても『面白くない』という結論になってしまいます。
作品の評価軸が話の面白さに偏っている筆者のようなタイプからすると、どうしても評価が下がってしまいます。
『超かぐや姫!』が作画や音楽がアニメ界でもトップクラスなのは紛れもない事実です。
筆者がこの記事を通して伝えたいことは
楽しめなかった人を「感性が古い」と煽るのも、逆に楽しんでいる人を「分かってない」と冷笑するのも、もうやめませんか。
評価なんて千差万別です。お互いの価値観を尊重できるようになれば、もっと楽しく作品を語り合えるのにな、と筆者は思います。
プレイ時間は70時間ぐらい。難易度はバッチリ冒険。裏まで全部遊んだ。近年のドラクエリメイクで一番良いと思う。
やれることは全部やったと思う。
難易度。
バトル。
良かった点とか気になって点とか
めちゃくちゃ良かったと思う。これからのリメイクはHD-2Dじゃなくてこっちにしてほしい。
あと遊ぶとしたら種集めだけど、そこまではやらない。十分すぎるくらい遊んだと思う。おわり。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
アイマスはモバマスを10時間と学マスを1000時間やっただけのド素人だけど、俺の経験から言ってアイマスのキャラはどいもこいつも「超つぇぇぇ!!!なんだこの化け物どもは!才能SSRばっかじゃねーか!!!」って感じだぞ?
そもそも顔が良くて一芸がある時点でもう完全にバケモノなのにそこに勝負度胸やスタイルの確立まで加わったらそこらのチー牛は全能力敗北しかないだろ?
チー牛なんてそれこそ量産型女子を超える量産型で、黒い髪・黒いバック・黒い靴・黒い服・エラ呼吸してそうな顔のセットでバッチリ決めた量産型の非モテばかり。
筋トレしてるぜプロテイン飲んでるぜとイキっておいていざ腕立てさせたら20回ぐらいでゼーハーゼーハー言って「俺のやり方は正しいやり方だからさ、うわべで100回やってるやつよりも筋肉に効いてるから」とかほざきだすカスしかいねえ。
当然リズム感も終わってて、コイツ絶対現代の小学3年生として生まれ変わったらダンスの授業全部欠席しようとしてただろみたいな奴ばっか。
そんな連中からしたらアイマスのアイドルなんて全員遺伝子レベルで天上人だろ。
正直、統括Pの言ってることだからって正しい分析だとは思えないんだよなあ。
単にアイツらはキャラを追いかけたいんじゃなくて「俺はこのキャラの素晴らしい物語を理解するセンスと、オタクをオープンにして暮らすことを恥じない忠誠心を持っているんだ!」みたいなのをアピールしたいだけなんちゃう?
要するに小学生がやる「俺、この辺じゃ一番スマブラつえーから。まあフォックス使うような卑怯者には負けるけどドンキー使わせたら俺が絶対一番うまいよ」みたいな奴の延長でしか暮らしてないんだろうなと。
アイツらは自分の存在価値に自信がないのをアイマスで埋めようとしてるってよりも、小学生レベルの物差しを更新することも出来ないまま暮らしてきた奴らが流れ着く場所でいつまでもしょーもない背伸び合戦を繰り広げてるだけなんじゃね—かな?
確か23だか24歳ぐらいから低容量ピルを飲み始めて、この前30歳になった。
生理は重い方では無いのだけど、かなりの生理不順で、仕事してる時とか、友達と遊んでいるときとかに急に生理が来て焦った経験が何度かあった。
ピルを飲み始めてからは完全に予定通り出血するのでもう手放せない。
手放せないのだけど、ついこの間2ヶ月ほど止めてみた。
お金がかかるのと、もう30にもなったしきっと女性ホルモンも安定しているのでは?と思ったのでもしかしたら要らないのかもと思ったのがきっかけ。
で実際辞めてみると、辞めて2ヶ月頃にはやっぱり生理も予定通り来なくなり、肌はとんでもなく荒れた。
幸い生理痛や、貧血みたいなほかの症状は出なかったが、予定が分からないのと肌が荒れまくったのは許容できなかったので結局3ヶ月目にはピルを再開した。
この辺までは想定通りだったのだが、完全に想定外だったこと(なんなら今も疑っている事)が一点ある。
もともと子供が居たら素敵だなと思う反面、仕事が楽しいタイプの人間なので「今の仕事辞めたくないし、まぁ子供って授かりもんだよね☆」って思うタイプの楽観さがあったのだが、ピルを辞めている間は、
「子供が居なかったら後悔する」
と、仕事の手が空く度に脳内が子供のことばかりになり、焦りに焦り、なんなら仕事中に彼氏に「子供が欲しい」とLINEしてビビらせた。
それが結局ピルを飲み始めたらパタリとやんだ。
やんだと言うか、落ち着いたと言うか、
子供が居ても居なくても幸せだね!というある種ニュートラルな状態に戻った。
ピルを飲んでいても、PMSというか生理前の気分の落ち込みがある日はあるので、ホルモンで感情がだいぶ左右されてしまう事象は理解できる。
出来るのだが、あの体験は今までの気分の落ち込みよりも極端過ぎて、自分の思考とはかなり曖昧でただただ本能に支配されているだけの存在なんだろうなと思わされてしまうものだった。
割と落ち込んだ。
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きっかけはピルだったので、まぁ女性ホルモンって大変だなと思ってたんだが、ふと前職で、鬱病の薬を飲みながら働く男性が居たのを思い出した。
なんだか気さくな人で色んな事を話してくれる人だったんだが、確かADHDと鬱病(あと他に言っていたが覚えていない)を併発しており薬を数種類飲んでいるらしい。
その人が、
薬を飲んでいない時の方が本当の自分なんだろうが、薬を飲んでいる時の自分の方が好きなので、こっちが本当の自分なんだと思う。
と言っていた。
この自分が好き!と言えるのはなんてステキなことだろうと思ったことを覚えている。
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なので最終的はピルを飲んでいる時の自分と飲んでいない時の自分の好きな方を自分だと認識しようと思っている。
が、割と本能的な自分も当時は辛かったが今となると面白かったので、どっちでもいいなと思い始めている。
そんな事を考えた備忘録。
前提として自分はPS4とSwitchの両機種持ちだった、何となくSwitchで遊ぶことの方が多いから流れでSwitch2を買った人間だ。
ことの発端はSwitch2が出始めた頃くらいに何故か必要以上に任天堂ハードとかを叩いてたPSユーザーのツイートがXのTLに流れてきた事だ。
たかがゲーム機一つで内容ではなく業界の話題でここまで熱くなれるものなんだと感心した。
「任天堂は業界の癌だ!」とか「任天堂はSwitch2をもってハードから撤退する」とか、ゲームを遊ぶ1ユーザーには関係なさそうな事でずっと熱くなってる。
でも意外と海外のデータとか決算資料に則って投稿してる人たちもいるから、ひょっとしたらそうなのかもしれないと思い始めるようになっていた。
そうしている内に、ツイートをしているユーザーばっかりをタップしていたら気がついたらその類いのポストばかりがTLに沢山流れるようになってきた。
自分も気がついたらそのような思想に染まり、ついには色んなまとめサイトで荒らしのような書き込みを時折するようになってしまった。
つい昨日FF7リメイクが発売されたが、これが一番の荒らしのネタになる。
•髪の毛がガビガビのクラウド
そんな劣化版で遊ぶ人間を冷笑することが、どんなゲームを遊ぶよりも楽しくてしょうがない
やめようと思っても何故かやめられない
「携帯機でこれだけ動かせることがすごいだろ」←PSポータルとかsteam deckで足りてるよね。Switch2は重くてバッテリー持たないからろくに持ち運べないだろ。
「グラフィックとかどうでもいい。面白ければいい。」←でもお前らSwitch2出た時グラフィックが綺麗になったとか感動してたじゃん。
大体これで反論出来なくなって人格否定とかゲハが云々とか訳わからない事で騒ぎ出して終わるのが定石。これだけで勝てる。
本当はこんな事してる暇あるなら自分もFF7で遊ぶべばいいのに、きっと知らないやつにバカにされるかもしれないしSwitch2なんかで遊んでたら情弱と思われそうなんて考える自分がいて食指が動かない。
安倍氏暗殺テロの本質は、「宗教二世問題、旧統一教会問題を解決せよ」というテロリストの(暗黙の)要求を、日本社会は妥当なものだと納得してこれに応じた点にある。ダッカ日航機ハイジャック事件のように、人質の人命を守るために嫌々ながらテロリストの要求に応じたのではなく、妥当なものだと納得して要求に応じた点にこのテロの特異性がある。
具体的には、旧統一教会排除の政策や宗教二世問題解決のための行政支援が、テロリストの要求に応じた内容である。
このテロの深刻さは、「テロリストの要求に納得すべきではなかった」とは決して言えない点にある。旧統一教会問題や宗教二世問題は社会が解決すべき深刻な問題であり、本来ならばもっと早く手を付けるべきであった。これらを無視することは道義的に許されない。
以前であれば、テロリストの要求など無視すべきだと考えられていた。いかなる場合にも暴力を行使することは許されないのだから、これを行使したテロリストの要求など耳を傾ける価値がないというのが、その理由であった。しかし、山上被告のテロによる要求を日本社会は無視できなかった。なぜならば、その要求は本当に正当なものだったからである。
言い換えると山上被告の事件は、自由な言論と選挙を通じて社会問題を解決するという民主主義をバイパスし、暴力で社会問題を解決する「正しい」 テロというパンドラの箱を開けってしまったともいえる。
このパンドラの箱を閉じる方法が存在しない点がさらに重大である。「民主主義の機能不全が今回の事件の遠因であった」という旨の指摘をする左派系知識人がいるが、馬鹿を言ってはいけない。実際には民主主義は十分に機能していた。その証拠に、やや日刊カルト新聞や全国統一教会被害対策弁護団は自由に活動しており、このネット時代に誰でも彼らの問題提起に簡単にアクセスできた。公正な選挙も行われてきた。しかし、それでも世論の無関心によってカルト問題は民主主義を通じて解決できず、今般のテロによって解決の道筋をつけられてしまったのである。
山上被告が前例を作ってしまった「正しい」 テロは、二匹目のドジョウを狙う潜在的なテロリストに、非常に強いインスピレーションを与えたことだろう。山上被告に厳しい判決が下される一方で、カルト問題に粛々と政策的に対応するだけでは終わらない。第二、第三の山上事件が起こった場合、日本社会はどうするのか、どうなるのか。この点に、あのテロの真の恐ろしさがある。
PS:
それにしても、何故このようなシンプルな問題提起を誰もしないのか不思議に思っていたが、改めて言語化してみて分かったよ。「残念ながらあれは『正しい』テロであった。解決策はない」という指摘は、リベラル・デモクラシーの死亡宣言をしているようなものだものね。
なんどもディスク交換させられるゲームと言ったらRIVEN(MYST)の続編。
こいつは当時としてはプリレンダではあったがグローバルイルミネーション(ラジオシティ)を使った映像で頭一歩リードしていた。
当時は容量の関係から写真画像なんて使えなかったからあの神ドット絵で騒いだんだよ
今見てもめちゃくちゃ綺麗だわ
そんでPSとSSでCDになって容量が爆上げになって写真が使えるようになって
そこそこ実写っぽいクオリティで出てくるようになったけどポリゴンの粗が目立つようになった
FF7とかFF8、バイオハザードとかは綺麗な写真の上に粗いポリゴンを重ねるしょーもないテクニックで誤魔化して
クソ長いロードでムービー見せられてCD入れ替え何回もさせられて
「うーん、実写っぽいけど、実写かどうかはどうでもいいかな」
っていう感じだったんだよ
一方でゲームセンターだと特にセガが綺麗なポリゴンゲームを量産しはじめてて
その流れでSEGAがDreamcastを発表してVF3を完全移植、おまけにソニック新作で度肝を抜かれて
「まぁ実写じゃないけどポリゴンっぽくなくてすげー良い」
ってなった
ただそれも「家庭用では」っていう話でゲーセンだと普通にもっと綺麗だったんだよ
そしたらPS2が発表されて「6600万ポリゴン!」って大騒ぎしたんだけど
ってなって、「ポリゴン数じゃなくてアンチエイリアシングやテクスチャとの融合が大事」って分かったんだよ
まぁでもソフトウェアメーカーが頑張ってPS2でも綺麗なゲームは出てたけどグラフィック面でDCとの差はほとんど無かった
個人的に一番実写っぽいゲームだと思ったのはメタルギア4(PS3)かな
遊ばせてくれてありがと。つまらなかったわ。じゃあね。
というのはお約束として、うーん……。求めてるものの違いかな。
ニンテンドーds版はやってないからPS版との違いになるけど、『原作を綺麗にして遊びやすくした』という域を出ない感がある。
もちろん、あの理不尽な不便さを再現して欲しいわけじゃないが、なんか親切設計過ぎて、接待プレイされてる気分になる。
マップは小さいし、次に行くべき場所がマップ上に明示されてるし、ルーラはダンジョンや石版世界でも使えるし(そりゃ、PS版やってた時は石版世界でルーラ使えない不便さに苦しめられたものだけど、マップ狭くなって難易度も落ちてるのに、ルーラまでめっちゃ便利になってたら、快適さを通り越してヌルゲー化してるんだよな……。ルーラをここまで便利にするなら、マップを狭くしなくても良い気がする)、敵は弱いし金は貯まるし。とどめに謎の神殿の構造が……
戦闘はかなり快適になってて、特に自動戦闘の速さは大満足だが、どうにも冒険というほど冒険してない感が強い。
茨の道だぜにするべきだったかな……
まあ、あくまで自分が想像した『理想的なドラクエ7』とのズレというだけなので、初めてドラクエ7するという人には、PS版よりこっちの方が良いだろう。
採血用設備は電気式で、その制御もコンピューターで行われます。そのため献血バスには動力となるメインエンジンのほか、電気を供給するための発動発電機(エンジンを持った発電機)を搭載。また快適な車内環境を維持するため、冷房用エンジンも備わっています。
走行用のメインエンジンはディーゼルで、排気量は6,400cc。冷房用エンジンは小排気量のディーゼルです。共に軽油を使用します。発動発電機は動力に小排気量のガソリンエンジンを使用し、5000Wもの電力を発生させます。
燃料の異なるエンジンを搭載しているため、献血バスには軽油用とガソリン用、2つの給油口が付いています。
| 項目 | 諸元 |
|---|---|
| 総排気量 | 7,790 cc (7.8 L) |
| シリンダー配列 | 水冷直列6気筒 |
| 最高出力 | 200〜300 PS (150〜224 kW) 程度 |
| 最大トルク | 700〜980 N・m 程度 |
| 燃料噴射システム | 高圧電子制御コモンレール式直噴 |
| 過給機 | インタークーラー付きターボチャージャー |
| 弁機構 | SOHC 24バルブ |
実用域でほぼフラットなトルク性能を発揮し、優れた経済性能と実用性を実現しています。
電子制御式コモンレールシステムやクールドEGR(排気再循環)などを採用し、排出ガス規制(新短期排出ガス規制など)に適合しています。
長距離輸送や高負荷用途に適した設計がされており、世界中の商用車や産業機械で広く利用されています。
PMキャタコンバータ(酸化触媒)などを採用し、PM(粒子状物質)の低減を図っています。
ガンが見つかってガーンと言いながら手術を受けに行ってその日から抗癌剤治療の辛さで何も楽しめなくなってそのまま死ぬ日がいつ来てもおかしくないです。
お前のような人間が死に際にナルキッソスのような物語の中で生きられるはずもなく、ただひたすらにエロシーンのない鬼作のような日々の中で死ぬだけでしょう。
ですから、やれることを終わらせておきなさい。
前から書きたかった小説はAIの力を借りてさっさと書き終えておきなさい。
DUNEの作者は下積みをしまくったあとに入院したからコミットしたのであって、貴方が入院しても何も出来ずにただ痛みに苦しんで震える手で成功者の配信を荒らすだけで終わりです。
でも「10万円する中華料理のコースを食べる」とかは急がなくてもいいです。
なにか成し遂げたあとにやってください。
何も成し遂げられない人生を過ごしたのなら、60歳のお祝いとかでやってみてください。
積みゲーも数を絞って減らしてください。
でも新作ゲームはガンガン始めてガンガン辞める感じで生きましょう今を楽しんでください。
そろそろSwitch2が買えるだろうから「今はPCゲームの時代だ!」と言い張って15年間離れてる間にプレイできなかったマリオやゼルダをやっておくのもありでしょう。
が、それはまた次の年にやるとしてまずはSteamの積みゲーから減らしましょう。
SF電子書籍セールで買ったグレッグ・イーガン辺りの作品もケチらずにドンドン読みましょう。
抗がん剤の苦しみの中で読むには重すぎるであろう作品は早めにけりを付けたいです。
ハンチバックのような世界を憎みながら読んだほうがいい本は後回しでもいいですが。
とりあえず来年は一通りのことを終えてください。
たとえば少しお金を出していつも食べないものを食べてみるとかも良いと思います。
世界を味わえなくなる日がいつ来るか分からないので、少し手を伸ばせば体験できそうなことは体験したい所です。
ですが、それによってただ苦しい思いをするだけな気がするものは避けていいです。
無理にボルダリングなんてして腰を壊したりだけはしないでください。
脳の性能が落ちてきているのを少しでも誤魔化すためにも睡眠時間だけでも確保しましょう。
栄養バランスはビタミン剤取りつつ野菜のg数だけ稼いでおけばどうにかなりますよどうせ。
塩分は控えたほうがいいんですが、露骨に塩分まみれのものを避けるだけで全く違うと思います。
あとは、特にないですね。
だって人間関係と組織の方針が9割を占める状況で出来ることなんて「自分でどうしようもないことは無視する」「無視できないなら弁護士に相談することを検討する」ぐらいしかないでしょ究極。
というわけで来年もがんばってください。
今、ゲーミングPCを組もうとすると最低ラインで20万近くかかる。
メモリは同じ程度でもグラボと電源でモリモリ金を持ってかれる。
もうすぐ32GBでは勝負にならない時代が来るだろうから、メモリ2万が必要になり、事務用との差額は10万となる。
いや、その頃にはグラボも値上がりしてグラボだけで7万ぐらい持ってかれるかも。
それだけしても最低ラインの話で。
中堅を目指すなら10万上乗せの23万を覚悟したほうがいい。
昔は違った。
昔は4万ぐらい上乗せすれば中堅だった。
2万5千円のグラボと1万円分のメモリと5000円アップした電源で世界は全く変わった。
最新のMMOだってグラのレベルを少し落としてやれば余裕でプレイできた。
13万の物を買う時に4万増やすだけで最新ゲーム機なみの性能になるし、余ったメモリ量のおかげと内蔵GPUを使わないことによるメリットで事務作業も捗った。
コンシューマーを買うのが情弱とされていたような時代が確かにあった。
今現在、既にゲーミングPCを持っている人間にとっては「ゲームは無料で貰えばいいんだよ」は普通に成立する。
全部貰い物だ。
一部はディレクターズカットが含まれるが、500本は貰っているだろう。
アマゾンプライムのおまけ(旧TwitchGame、現AmazonLUNA)やSteamでの無料配布をコツコツ溜めたのも入れていてけばもう500本はあるだろう。
これに、基本無料ゲームという選択肢が加われば、「質は置いといて量は人生10回分程度」が確保されている。
質を選んでいっても消費速度が追いついてない。
Steam基準の非常に好評以上を遊ぶだけでも私の消費ペースを供給ペースは上回っている。
というか、アクナイや鳴潮みたいな基本無料ゲームを「2ヶ月遊ぶ→1年程度寝かせる→アプデされた所をさっさと消化する」のループで処理するだけでマジでいくらでも時間が足りなくなる。
当然、有料で金を出すことだってある。
セール時に80%OFFになったタイミングで圧倒的に好評で気になったものを買い込む程度だが、積みゲーは次々に溜まっていく一方だ。
厳選しているはずなのに不思議な勢いで溜まる。
80%OFFというセール価格はもはや投げ売りに近いと言っていい。
中古屋でもこのレベルになるのは10年前のゲームばかりだが、Steamでは5年や3年でここまで行く。
昔のゲームを3本セットにして半額にして更に60%オフみたいなウォーズマン理論みたいなことになってるのだってある。
1本500円とかだろう。
コンシューマー環境でもDL販売は発展しており、昔のゲームがセットで大安売りなんて普通にやってる。
大手マルチプラットフォームゲームはPS5だったら余裕で遊ばせてもらえるし、なんならスマホでも十分なゲームが遊べる。
「PCだったらゲームは無料で貰える」と言った所で、ホグワーツレガシーみたいな大当たり(来週の木曜までEPICで貰えるからPCゲーマーは絶対貰えよ)が来るのは年に数回程度。
そのうち2本でも遊べばセール価格で考えても年間で1万程度得してる感じはある。
年間およそ1万5千円ぐらいの得(?)をしていると思う。
年間1万5千円、5年で考えたら7万5千円だ。
こうなってくるとふと「あれ?これもうコンシューマー買えばよくね?」となってくる。
今はまだ「まあ、安くは済んでるから」と言える時期だ。
だが、ゲーミングPCのコストがコンシューマーゲーム機と比較して高くなっていけばこの理論は崩れる。
「安く済ませたいならコンシューマー機買ってサブスクサービスに入った方がよくね?」となってしまう日はもう遠くないだろう。
いや、もうとっくに来てるのに俺が一度組み終えた愛機に固執してるだけやも知れぬな。
モバイルバッテリーの発火を報道する時具体的な製品名をいうべきじゃないの?それが公益ってもんでしょ。発火事故起こしたのより起こしてないバッテリーの方が今後も事故を起こす確率が低いのは自明だよね
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251208135129# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaTfXDQAKCRBwMdsubs4+ SMLrAP9HFYRsHoR9rhijeS2iB41JpSWSZ1WYtEhjJ3qgi5om6AEA8RtKQ0AX2oUS PS/5COz8X02K8JcGD8b2hLrjfQyTTAI= =21Lg -----END PGP SIGNATURE-----
psポータル買っちまったー
到着は週末だけど
カタログ切れが近いゲームに追われること考えると、プレイするのはほぼps5のゲームになると思ってpsポータルにした
あとodinは3がクラファン開始して2が古くなることが確定したことも効いた
ハンドヘルドはどんどん新しいの出るんだよなー
psポータルも新しいの出るのかもだけど、これからの季節、数か月、布団の中で横になってぬくぬくpsのゲームやるにはいい投資だと思って決めた
ふるさと納税のラスト駆け込みポイントとブラックフライデーのおかげで新品を実質19000円くらいで買えたし
いやーこれで据え置きプレイする頻度あがりそうだわ
基本土曜日はほぼ寝てる自分からすると、スマホだらだらいじる時間をゲームにあてられるならマシな過ごし方になる気がしてる
ポータルが壊れたとか物足りないってなったらハンドヘルドを考えよう
たまたま無料で変えた粒コショウ送ったら、思いのほか絶賛して感動しててまた送ってくれって言われたから今度は自腹切って送った
そんなうまいんか?と興味もわくけど、ほぼ自炊しないから買っても意味ないしそもそも高い買い物になるから自分用には買わないかな・・・
回転とかの要求がえぐかった
なんかそこまで耐えなくてもげっぷが出ない感じになったから
今日はちょっと肌寒いかと思ったけど歩いてたらそうでもなかったな
ゲオでデッドら4スペシャルエディションが1000円で買おうか迷ったけどなんか前買ったような気もしたのと、ブラックフライデー割引の抱き合わせにする適当な安いゲームが見つからなかったから買うのやめた
今見たらやっぱり買ってた、あぶねー セーフ
一人暮らしの小学生 江ノ島の夏 ってマンガが132円だったから100円クーポン使って購入
なんかこの本がすごいで人気で書籍化した、元はkindleだけの本だったらしい
尼レビューがよさげだったのとパラパラめくった限りでエロ同人のネタにできそうだと思ったから(別に絵が描けるわけでもない 捕らぬ狸のなんとやらでエロの妄想ネタになるものは集めている
帰りに久しぶりにファミマのお茶無料クーポンきてたからアールグレイティーもらって帰る
今日早朝に割引でかっといた総菜とか弁当、うどん食ったせいで入んなくなっちゃったな・・・
帰ったらそのまま昼寝してさっき起きた
まあ今日自体、0時前とかにおきてそこからシャワーあびてずっと起きてて寝たのが朝7時とかでそこから11時まで寝てて、そこから起きて健康診断いって・・・って感じだったしなあ・・・
珍しくふと、映画館で映画を観たいと思った。最後に映画館に行ったのは11年前、中学の頃親と一緒に行ったっきり。自力で映画館に行ったことも無いのに、なぜかそんな気持ちになった。
細田監督の最新作「果てしなきスカーレット」が、ちょうど公開されるらしい。小学生の頃、金ローで放送された「サマーウォーズ」を録画して、繰り返し観た記憶が蘇る。これは観るしかねえと思い立ち、TOHOシネマズに向かった。
結論としては、良いところはあるものの、やはり細田脚本には問題があると言わざるを得ない出来だった。本当に現状のままでいいのか、細田監督を問いただしたい理由をまとめた。
(1回見ただけなのでおかしいところや思い違いがあると思うけど、容赦してね。)
【以下、ネタバレ】
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まずは簡単にあらすじを紹介。愛する父親を殺された王女・スカーレットは、父親を殺した叔父・クローディアスの暗殺に失敗。死者の国で目を覚ます。スカーレットは死者の国で、現代の日本からやってきた看護師・聖と出会う。スカーレットは聖と共に、かたき討ちのためクローディアスを探す旅に出る。
本作が題材にするのは報復の連鎖。細田守監督自身がインタビューでそう語っており、私もその予備知識ありでスクリーンに臨んだ。では、憎しみと復讐の連鎖に伴う辛さ、やるせなさが描かれているのかと言われれば、十分に描かれているとは言えなかった。
正直なところ、憎しみや復讐の描き方は「進撃の巨人」の圧勝。こちらの方が断然よくできている。本作は「進撃の巨人」と比べて、憎しみと復讐が続いてゆく辛さ、やるせなさが身に強く迫ってこなかった。
一つは、愛する父が暗殺される→クローディアスの暗殺に失敗→死者の国へ、という冒頭の流れが説明的であること。スカーレットが抱える憎しみとその辛さは理解できるものの、それが自分の身に起こったかのように感情移入できなかった。「物語への圧倒的没入体験」を掲げる本作であるが、没入できないもどかしさが最後まで続いた。
もう一つは、クローディアスが一貫して悪人として描かれていること。「進撃の巨人」では、主人公たちが相手を憎むのと同時に、相手側が主人公たちを憎む様子も丁寧に描いていた。絶対的な悪など無く、対立する両者がお互いに痛めつけあうやるせなさ。それが、本作にはほとんど見られない。長期連載作品である「進撃の巨人」と、二時間に満たない尺の本作を比べるのはフェアじゃないかもしれないが、復讐や憎しみを描くうえで、そこは外してほしくなかった。
しかし、復讐や憎しみを題材にしている本作であるが、より深いテーマを感じた。それは、「自分の好きなように生きよ」というメッセージである。
物語の序盤、スカーレットは父の敵討ちに燃え、死者の国で現れる敵を次々と殺してゆく。「王女としてそうあるべき」という義務感をスカーレットは抱いており、それが復讐のモチベーションになっていることが描かれている。看護師である聖は、好戦的なスカーレットと対照的に、敵味方差別なく治療を施し救おうとする。それも、「看護師としてそうあるべき」と聖が考えているからだ。
敵を殺そうとするスカーレットとそれを好まない聖は、一見対照的なキャラクターに見える。しかし、「自分の立場にとらわれて、本当はどう生きたいのか分からない」という内面は同じなのである。
スカーレットと聖は交流を重ねる中で、互いの心情に変化が生まれてゆく。スカーレットは、敵との戦闘になっても剣を鞘に納めたまま戦い、むやみに人を殺めなくなる。人を殺めるための短刀を、自分の髪を切る(新しい自分になる)ために使うシーンは、スカーレットの内面の変化を印象的に描く。逆に、人を殺めることを否定していた聖は、弓矢でクローディアスの手先を殺めてしまう。物語の序盤、「人を殺めるな」とスカーレットに散々言ってきた聖が人を殺めてしまうシーンは大きな批判を生みそうだが、聖が自身の黒い感情に対して正直になった、もしくは抑えられない、という内面の変化が描かれる良いシーンであったと思う。憎しみという黒い感情を否定しないことは、本作の美点の一つである。
一見対照的な二人だが、共に同じ苦悩をを抱えていて、それが変化してゆく、という構成は好印象だった。ただし、スカーレットについては憎しみに関する描写が強すぎて、「王女としてそうあるべきだから復讐に燃えている」という内面が理解しにくかった。物語の序盤も序盤、スカーレットの父が「王女としてではなく、女の子として好きなように生きなさい」と幼少期のスカーレットに語るシーンがあるのだが、さらりとしすぎている。スカーレットが死ぬ前に、クローディアスの暗殺を民衆が熱望していて、スカーレットがそれにプレッシャーを感じているようなシーンがあると良かった。
クライマックス。スカーレットは死者の国から元の世界へと戻り、王女となる。王となったスカーレットは民衆に、「民を救うこと」「子供は絶対に死なせないこと」を宣言する。これは、スカーレットが「王女としてそうあるべきだから」と考えているからではなく、心の底からそう思っている。スカーレットは死者の国での交流を通じ、「私はこうありたい」という自発的な強い意志を手に入れて、物語は幕を閉じるのである。
そのようなクライマックスを踏まえると、「果てしなきスカーレット」は、憎しみの連鎖を描いた物語というよりは、少女が自分の生き方を決める物語なのだと個人的には思った。本質的には、「おおかみこどもの雨と雪」(主人公が、おおかみ or 人間、どちらかの生き方を選ぶ)や、「バケモノの子」(人間世界 or バケモノの世界、どちらで生きるのか選ぶ)など、細田監督の過去作品にも通ずるテーマであるといえるだろう。
本作は他の細田作品と同じく、演出、特にメタファーの使い方に優れる。特に水というモチーフが良い。序盤、空が荒れた海のようにうねる様子をまじまじと見せつけつつ、水一つない砂漠の風景を延々と見せておいて、最後にスカーレットを雨に打たせる流れが良かった。雨はスカーレットの心の痛みであると同時に、乾き続けた心を潤す恵みの雨でもある。スカーレットが抱く矛盾した複雑な感情を、水や雨というモチーフを使うことで、端的に表すことに成功している。物語全編を通じて砂漠の風景が続くのは単調で少ししんどくもあったが、クライマックスに良い形で回収されたのは良かった。
カラスのモチーフも良い。本作ではカラスが度々出現するのだが、物語の終盤、クローディアスと対峙するシーンでザワザワとカラスが集まり、散ってゆく演出が良かった。黒い感情やざらつきが、スカーレットの胸に広がって去っていく描写である。このシーンでは、スカーレットが抱く感情にある程度没入することができた。
しかし最後の最後、黒い竜がカラスとなり散っていくシーンは解釈が難しかった。カラスがスカーレットの内面を表しているのであれば、竜が悪役に雷の制裁を加えるのはご都合主義すぎる。スカーレットの黒い感情の高まりが、直接悪を成敗しちゃってました、ってことになってしまわないだろうか。私の読解力では、一本芯が通った演出として理解できなかった。
その他、聖のキャラクターに人間味が無いとか、スカーレットの母が謎だとか、細田監督らしく突っ込みどころは沢山あるしキリがない。しかし一番の問題点は、わかりやすいカタルシスに乏しいことだろう。「見果てぬ場所」を目指すとか、最後に聖とキスして永遠のお別れをするとか、カタルシスを作ろうという工夫は見られるが没入感が無く、わかりやすく感動できない。
唯一カタルシスを感じたのが、劇中歌「祝祭のうた」(フルバージョンがストリーミングにある)をバックに、スカーレットが炎の中に吸い込まれて現代の日本へとワープするシーン(このシーンはYoutubeでチラッと見ることができる)。なんだかよくわからないけれどいい感じにエモい歌が鳴っていて、スカーレットが「うわああああ」ってなってて、吸い込まれてゆく映像美も(IMAXなので)すごい。「コレだよコレコレ!このわかりやすい感じ!」と思ってスクリーンの中に身を任せたのだが、その先の現代で踊るシーンは作り物感が強く、映画館の座席の上にストンと戻されてしまった。復讐だけのために生きてきたスカーレットが新しい自分を見つける、という背景を意識するとそれなりにエモく見えるのだが、直感的に感情移入してダラダラ涙を流すためにはあと一歩か二歩足りなかった。
「君の名は」ほどではなくてもいいから、馬鹿でも分かるような感動が欲しかった。まず、分かりやすく感動できること。そのあと二回、三回とリピートしていくにしたがって、細田監督の演出の上手さが生きてくる。水や雨、聖がおばちゃんから貰った楽器などのモチーフや、登場人物の些細な変化。それに気づいていくことで、回数を重ねる度により深く物語へと没入することができる。
個人的に大好きな「おおかみこどもの雨と雪」には、それがあったと思う。揺らいだカーテンに隠れた雪がおおかみの姿に変身する激エモシーンや、嵐が去った駐車場で花と雨がお別れする涙腺崩壊シーンなど、音楽(激エモ)と映像美(激エモ)の力を借りた分かりやすい感動ポイントが、まずあった。そのあと繰り返し鑑賞してゆくにつれ、瓶に入ったお花の描写や、おおかみであるとは?人間であるとは?といったテーマの理解度が深まり没入していく。そんな作品だった。それこそが「物語への圧倒的没入体験」だと思うのだけど、皆さんはどう思いますか?
それを踏まえると、やはり奥寺佐渡子さんの脚本に戻してほしいと切に願う。復讐や憎しみを題材にしながら「自分の好きなように生きよ」というメッセージを細田監督から投げかけられた私は、素直に胸を打った。しかし、カタルシスに乏しく物語に没入できてないので、そのメッセージが深くまで刺さってこないし、未消化感が残る。上映が終わった後、前の席に座った女性(大学生くらい?)の二人組が、「何の話か分からない……」と漏らしていたのが印象的だった。監督が伝えたいメッセージが観客に伝わらないのは、あまりにも大きな問題ではないか。
奥寺氏が脚本に嚙まなくなった「バケモノの子」以降、細田監督作品は脚本の弱さを批判され続けてきた。しかし、「竜とそばかすの姫」はそれなりに売れてしまったわけだし、商業的にやっていける限り細田脚本は続いていくだろう。
しかし、本当にそれでいいんですか?
「あなたの脚本だと、メッセージが観客に上手く伝わってないみたいですけど、本当にそれでいいんですか?」と、細田監督に問いかけたくなる。「好きなように作って満足!」みたいな同人誌的な態度の映画作りで細田監督が満たされるのであれば、現状維持でかまわないと思う。我々はスクリーンの前で、感動ではなく悔し泣きの涙を呑むしかない。
しかし、莫大なマネーとステークホルダーを巻き込み、作品を広く世に知らしめる力を持つクリエイターとして、「自分のメッセージを世の中に投げかけ、沢山の人の気持ちを揺さぶりたい」と細田監督が考えているのであれば、勇気をもって奥寺脚本に戻していただきたい。
ちなみに奥寺佐渡子さんのことを調べたところ、最近脚本を手掛けた「国宝」なる映画がとてもすごいらしい。昭和ど真ん中の時代に、任侠の息子が歌舞伎役者として成長していく話なんて教養がない私にはとても敷居が高いんだけど実際どうなの????教えてエロい人。
PS:
TOHOシネマズのBGMってあるじゃん。ピアノの曲。超久しぶりに映画館に行くので、あの曲が劇場で流れている雰囲気も楽しみにしてたんだけど、開場して五分後に入場したらすでに広告が始まってて聴けなかった。放映終了後も、「忘れ物に気を付けてください」の画面が出てくるだけで聴けなかった。開場直後に滑り込めばこのBGM聴けるの?これもエロい人がいたら、ついでに教えてほしい。
仕方がないので、その曲を無限リピートさせながらこの記事を書いている。ちなみに、TOHOシネマズのBGMは「ナッシュスタジオ」という、業務用向けのBGMや効果音を専門に販売する会社のもので、ハードオフの店内放送曲や天神のCM、デデドン(絶望)もこの会社の作品らしい。"Nash Music Library"で調べればストリーミングで聴ける。