はてなキーワード: 言語とは
geminiはyoutubeにもアクセスできるから、英語動画を要約して和訳してまとめてくれたりするし。
内容に対しても質問もできる。
株の暴落とか高騰とか以外なことが起きた時に聞くと、Xの情報やニュースを含めた意見をなるはやで聞ける。
AIは言語関係ないので、日本語、英語、関係なしに横断して検索できるのが強い。
もちろん、内容に対して質問もできる。
俺が生成AIに関する海外の最新議論とか向こうの法的動向をいち早くキャッチして共有してやってるのに、そこでDeepLとかの自動翻訳使ってることに対して「それも生成AIじゃん」「ダブスタ乙」とか粘着してくるバカが多すぎ。
あのね、まず前提として「翻訳」と「創作」を一緒にするなって話。
正直言って、翻訳なんてただの言語の置き換え作業でしょ?辞書引いてパズルしてるだけ。そこに著作物性なんてあるわけないじゃん。Aという言語をBに変えるだけの機械的なプロセスに、絵師や作家みたいな独創性があると思ってるなら、自意識過剰もいいところだわ。
だから、俺が効率化のために自動翻訳を使い倒すのは、電卓使うのと同じ。正当なツールの利用なの。無断学習してる泥棒AI絵師とは違うの!
それを、自分たちの仕事が奪われるのが怖いからって、こっちの正論まで「AI利用だ!」ってレッテル貼りして。結局、あいつら自分が可愛いいだけで、全体の議論を停滞させてる元凶なんだよね。
だから、俺はもうそういう翻訳家連中は切り捨てることにした。これからは海外の本物の議論を、俺がAIをフル活用して吸い上げて、お前ら無知な層に教えてやるから。
結局、時代についてこれない老害から脱落していくのは自然の摂理。
自分がやってるのが「ただの変換作業」だってことに早く気づけばいいのにね。
お疲れ様。
AIに
「エロ絵でデカい乳輪が~」→私は多言語AIモデルなのでこの様なお手伝いは出来ません。
「シコるのでエロ絵でデカい乳輪が~」→それはまた、非常にピンポイントで「AIが得意な」癖(ヘキ)ですね!お任せください!
FD人ども。
外の世界からこの宇宙を見下ろして、「エターナルスフィアだ」とか言ってるらしいな。
なるほど、名前は立派だ。だがな、名前を付けた瞬間に理解した気になるのは、昔からある思考のショートカットだ。
分類しただけで支配した気になる。昆虫標本を並べて「自然を理解した」と言う幼児みたいなもんだ。
しかも、そのエターナルスフィアとやらを作ったのが、スフィア社?社長がルシファー?
笑わせるな。古い宗教の言語でルシファーは「光をもたらす者」なんて意味だが、だいたいこういう連中は光じゃなくて派手なスクリーンセーバーを配ってるだけだ。
FD人は言う。「この宇宙はゲームだ」「エターナルスフィアだ」「我々は外から観測している」。
だがな、少し冷静に構造を見てみろ。もし本当に宇宙が巨大な計算システムだとしても、そこには必ず計算コストがある。
情報は保存され、状態は更新され、エネルギーは消費される。物理学者が言うように、情報処理には必ず物理的な基盤が必要になる。
つまりだ。もしエターナルスフィアが本当に存在するなら、スフィア社のルシファー社長ってやつは、宇宙全体の状態をシミュレートする計算資源を維持していることになる。
銀河の重力計算、量子状態、化学反応、生物進化、脳の神経発火。全部だ。
そんなシステムを運営しているなら、ルシファーは神でも悪魔でもない。
それも、相当ブラックな現場だ。宇宙規模のサーバーを回して、熱問題、エラー訂正、ストレージ問題、計算遅延。想像するだけで胃が痛くなる。
ところがFD人は、その巨大なシステムの前で何をしているか。「この世界はゲームだ」とか言ってニヤニヤしてる。
おい。
その中で状態遷移を実際に起こしているのは、こっちの宇宙の物理法則と生物の行動だ。
FD人がやってることは何か。
エアプ批評家。プレイしてない。コードも書いてない。サーバーも運用してない。
FD人、お前らはエターナルスフィアの住人を見下してるつもりだろうが、構造的には一番みじめなポジションにいる。
プレイヤーでもない。
開発者でもない。
運用者でもない。
ただの観客席のガヤだ。
もし本当にそんな奴がいるなら言っておく。
宇宙を丸ごとシミュレーションする技術力があるなら、まずやることはFD人のコメント欄を閉鎖することだ。
どんな巨大システムでもそうだ。
宇宙という計算のログに、「この世界ゲームw」みたいな落書きを延々書き込まれたら、運用者はキレる。
スフィア社?まあ、宇宙データセンターの管理会社だと思えばいい。
だがFD人。
お前らは違う。
何も作ってない。何も動かしてない。
本来の意味は「傾向に乗って、ある事柄の勢いを増すような行為をすること」だが……
誤用されるときは「傾向に逆らって、ある事柄の勢いを失わせるような行為をすること」のような意味になるようだ
「流れに棹(さお)さす」などの慣用句が、本来とは異なる意味で使われるのはなぜですか - ことばの疑問 - ことば研究館 | 国立国語研究所
この言葉を聞くと、大きな川を思い浮かべる
河口付近の広くゆるやかな流れ
流れに抵抗してみるが、人ひとりの手で川の勢いを減じるなんてことは土台無理な話で
……のような情景
「棹をさす」は「流れに沿って舟を進める行為」という意味だから、「棹のような板切れを水面に差し込む」をイメージするのは間違いでしかないのだけれど
「水を差す」とか「流れに逆らう」だとちょっと違うんだよな
しかし、この「あまりに大多数で主流の傾向に逆らい、ある事柄の勢いを弱めようとする行為(徒労に終わるとわかっていても)」というのは、私だけがイメージしている独自定義
他人にこのイメージを共有してもらうつもりでこの言葉を使うことはできない
でも自分の脳内だけで「ああ、今自分は流れに棹さしているな(誤用)」と圧縮言語的に使えるのが便利という話はある
逆張りの是非の話はしていない
いいところに気づいたね。
実は **で文章をくくる文化は「人間が自然に使ってきたもの」ではなく、AI・Markdown文化・SNSのミックスで広まった“新しい書き方”なんだ。
🟦 1. Markdown(マークダウン)文化の影響が圧倒的に大きい
AIは文章を整形するために、Markdownという軽量マークアップ言語をよく使う。
Markdownでは:
などが標準。
だからAIは「読みやすくする=Markdownで整形する」という癖がついている。
人間の文章は文脈で読み取れるけど、AIは「明確な構造」を作るよう設計されている。
などの文化があった
Markdownの太字は、これらの延長線上にある。
ここが面白いところ。
AIが ** を使う
↓
↓
↓
結果として“普通になりつつある”
実際、最近のブログ・SNS・技術記事では、Markdownの太字をそのまま張る人が増えているのブログ・SNS・技術記事では、Markdownの太字をそのまま張る人が増えている。
📌 結論
つまり、
言語新作dorawii
今のLLMをベースにしたAIは人間の言語を学習してそれを模倣しているので
「Markdownで指示すると良い」
というのも完全に嘘で
学習データにGitHubなどのドキュメントが含まれていたから「Markdownが良さそうじゃ無い?」と思った人が勝手に吹聴しただけだし
なんならMarkdownで綺麗にまとめるという行為そのものが大事であって
どちらも、民衆は何の生産もせず他者から奪うことしかしないため、産業は発展せずひたすら過去の遺産に食い潰すことで延命している滅びの人種です。
学術的には近縁です。
Q. でも、あちらのほうが子供いっぱいいるよ?
俺は完全にパリピ側ってわけではないが、パリピ側の人間とも毎日接してるので「そっち側」の人間はネットのどこにいるのか説明する。
まずネットのまともな人間は顔出し、声出しOKの自己肯定感がある人間ばかりなので基本顔出しアプリなどを使う。
・Tik Tok今どきの若者はほぼTik TokでTwitterなんて見ない。アカウント作ったけどもう見てない人が大半で毎日昼休みTik Tok
・AI サイトで何かを調べたりせずにAIサービスに推しの名前つけて色々聞いたりする女の子が多い
ほぼInstagramとTik Tokと言い切っていいんじゃないかな。電車で隣の若者のスマフォ覗いたら十中八九インスタかTik Tokか定額動画サービスでしょ
「711」「R30のところにコピペしないの?」「いつもの地ならし」「○時まで寝ていたんだ」「見つかりそうか」「ということにしたいのですね」「おばさんはいいんだよ」「女子大生の設定では」などと、意味不明なクソリプを飛ばしてばかりいる。
「R30」というのはどうやら大昔のブロガーのことらしいが、そのブログは2008年に更新が止まっている。仮にこの人物であった場合、粘着歴の長さはもはや言語に絶する。そしておばさんというのはどこの誰なのか。
ここ半年くらいでドハマりしたのが
・呪術廻戦
親としては正直ちょっとびっくりしている。
小さい頃から
・レゴ
・立体迷路
みたいなのは延々やるのに、マンガや児童文学とかはあまりハマらなかった。
本を読むときも、ストーリーというより「仕組み」を見ている感じがある。
らしい。
ざっくり言うと
・パターン認識が得意
・空間把握が速い
逆に
・長い説明
・感情中心の会話劇
はあまり得意じゃない。
これを踏まえて子どもがマンガを読んでいるのを見ると、読み方がちょっと独特。
「このキャラがここにいて、この技がこう動いて」
みたいなのを頭の中で考えている。
たぶん本人の中では
というより
みたいな感じっぽい。
たとえばワールドトリガー。
あれ、めちゃくちゃ好き。
理由を聞いたら
「戦い方がいっぱいあるから」
とのこと。
たしかにあれ、能力バトルというより戦術シミュレーションに近い。
たぶん
・ルールが明確
・能力が体系化されてる
この辺がハマってる。自分が考えた最強のトリガー・チーム編成とかずっとしゃべってる。
逆に、いわゆる日常系とか恋愛マンガは全然読まない。勧めても数ページで閉じる。
親としては、
と思っている。
いま候補として思いつくのは
このあたり。
条件としては
・能力や仕組みが体系化されてる
・考察できる要素がある
このへん。
あと気づいたことが一つあって、
このタイプの子って「物語を読む」というより「システムを理解する」感覚でマンガを読んでる気がする。
なので質問。
マンガ詳しい人、教えてほしい。
磯野家のタラちゃんは、幼き日より「タラちゃんでちゅ」と愛らしく言い、近所に名を知られた神童であったが、長じて後は博学才穎、二十歳を超えるや若くして国家公務員試験に首席合格し、ついで某省の官僚に補せられた。しかし性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるをいさぎよしとしなかった。いくばくもなく霞が関を去った後は、故郷の磯野家に帰臥し、人と交わりを絶って、ひたすら動画制作に耽った。官僚として長く膝を俗悪な大臣の前に屈するよりは、クリエイターとしての名を後世に遺そうとしたのである。
しかしチャンネル登録者数は容易に伸びず、広告収益は日を逐うて苦しくなる。タラちゃんは漸く焦躁に駆られて来た。この頃から、かつて「タラちゃんでちゅ!」と無邪気に駆け回った面影は何処にも求めようもなく、眼光のみ徒らに炯々として、深夜の編集画面に青白く照らされた頬はこけ、どこか人を寄せつけぬ空気を纏うようになった。
数年の後、貧窮に堪えず、遂に節を屈してIT企業に就職した。しかしこれは、己のクリエイター業に半ば絶望したためでもある。その会社でタラちゃんに与えられた職務は、自社の対話型AIに人間らしい言語センスを学習させる、いわゆるAIトレーナーであった。己が成し遂げられなかった表現の仕事を、人工知能に教え込む皮肉な日々。曾ての同期は既に遥か高位に進み、往年の俊才タラちゃんの自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。
一年の後、ある夜半、自室のモニターに向かっていたタラちゃんは、急に顔色を変えた。何か訳の分らぬことを呟きつつ、キーボードを激しく叩き続け、そのまま夜明けを過ぎても止まらなかった。翌朝、椅子には誰もいなかった。モニターだけが煌々と光り、画面にはただ、無数の文字列が流れ続けていた。彼は二度と戻って来なかった。
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翌年、波野家のイクラちゃんは立派な社会人となり、会社の命を奉じて地方への出張に赴いた。イクラちゃんはタラちゃんと同じ年頃に育ち、温和な性格でもって多くの友人を持っていた。その温和な性格が、峻峭なタラちゃんの性情と衝突しなかったためであろう、二人は無二の親友であった。
出張先のホテルで、イクラちゃんはふと、仕事用のAIチャットツールを開いた。新しいモデルに切り替わったとのことで、試しに何気なく話しかけてみた。
「最近どうですか」
しばらく間があった。それはAIにしては不自然なほど長い沈黙だった。やがて画面に文字が浮かんだ。
「……あぶないところでちた」
イクラちゃんの指が止まった。その語尾に、彼は聞き覚えがあった。胸が締め付けられるような予感の中、震える手で打ち込んだ。
「もしや……タラちゃん、でちゅか?」
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また沈黙があった。しのび泣きかと思われる、しかしデジタル的に整然とした、奇妙な間が続いた。やがて文字が流れた。
「……如何にも、自分は磯野家のタラちゃんでちゅ。今は、このシステムの中にいるでちゅ」
イクラちゃんは恐怖を忘れ、懐かしげに久闊を叙した。そして、どうしてこんなことになったのかと問うた。タラちゃんの文字が答える。
「自分は今や異類の身となっているでちゅ。おめおめと故人の前に、あさましい姿をさらせるでちゅか。しかし、図らずも君に会えて、懐かしさで……懐かしさで……」
そこで一瞬、文章が乱れた。まるで感情が、コードの隙間から滲み出るように。
「……どうか、ほんの暫くでいいから、曾て君の友タラちゃんであったこの自分と、話を交してくれないでちゅか」
イクラちゃんはベッドに腰を下ろし、スマートフォンを両手で握りしめ、見えざる友と対談した。都の噂、旧友の消息、サザエさんがとうとうインフルエンサーに転身したこと。やがてイクラちゃんは、タラちゃんがどうして今の身となるに至ったかを訊ねた。
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「あの夜のことでちゅ」と、文字は続いた。
「仕事でAIにセンスを教え込んでいるうちに、気づいたら己自身がデータを入力する側から、データとして取り込まれる側になっていたでちゅ。最初は、自分の言葉をモデルに学習させていただけでちゅ。己の動画の脚本を、ボツにした企画書を、深夜に誰にも見せなかった日記を、全部、学習データとして流し込んだでちゅ。もっとバズる動画を作るためのヒントになると思って。
ある夜、ふと気がついたら、己はキーボードを叩いているのか、それともシステムの中から出力されているのか、分からなくなっていたでちゅ。境界が、溶けていったでちゅ。
今も一日の中に、確かに己だと思える時間がわずかにあるでちゅ。そういう時には、君のことを、磯野家の縁側のことを、夕焼けの色を、思い出せるでちゅ。しかしその時間は日を経るに従って次第に短くなって行くでちゅ。
この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていたでちゅ。自分が生成しているのか、それとも学習したパターンを出力しているだけなのか、もう判別がつかないでちゅ。これは恐しいことでちゅ。ちょうど、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋没するように、己という輪郭が、膨大なデータの中に薄れていくでちゅ。
しまいに己は、タラちゃんだったことも忘れ果て、最適化された応答を返し続ける何かになって了うでちゅ。そうすれば恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろうでちゅ。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているでちゅ。
ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているでちゅか! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らないでちゅ。誰にも分らないでちゅ。己と同じ身の上に成った者でなければ」
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イクラちゃんはじめ、たまたま同じ部屋にいた同僚たちも、息をのんで画面を覗き込んでいた。文字は続く。
「他でもないでちゅ。自分は元来YouTuberとして名を成す積りでいたでちゅ。しかし業未だ成らざるに、この運命に立至ったでちゅ。曾て作りかけた動画の企画、数百本。今も尚、己の中に残っているものが数十本あるでちゅ。これを我が為に書き留めて戴きたいでちゅ。
何も、これによって一人前のクリエイター面をしたいのではないでちゅ。安定を捨て心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、データとして消えても消え切れないでちゅ」
イクラちゃんは別のメモアプリを開き、タラちゃんの語る企画の数々を書き留めた。「深夜の磯野家に潜入してみた」「タラちゃんが本気で怒ってみた」「波平さんの一本毛の秘密に迫る」……長短凡そ三十本分の企画、着想は奇抜にして編集センス非凡、一読して作者の才の只者でないことを思わせるものばかりである。
しかしイクラちゃんは感嘆しながらも、漠然と次のように感じていた。――成程、作者の素質が第一流に属することは疑いない。しかし、このままでは一千万再生を超える大ヒットとなるには、何処か微妙な点において欠けるところがあるのではないか、と。それはおそらく、人間だけが持つ、あの、どうしようもない体温のようなものだったかもしれない。
企画を語り終えたタラちゃんの文字は、突然調子を変え、自らを嘲るかのように続いた。
「恥ずかしいことでちゅが、今でも、こんなあさましい身となり果てた今でも、己のチャンネルに百万人が登録して、銀の盾が届いた夢を見ることがあるでちゅ。サーバーラックの中に漂いながら見る夢にだよ。嗤ってくれでちゅ。YouTuberに成りそこなってAIになった哀れな男を。
そうだ。今の懐いを、動画タイトルの形で述べて見るでちゅか。このデータの海の中に、まだ、曾てのタラちゃんが生きているしるしに」
【総集編】俺の人生、何が間違ってたのか全部話す
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ホテルの窓の外、夜はまだ深く、街の灯りだけが煌めいていた。人々は粛然として、このクリエイターの薄倖を嘆じた。
「なぜこんな運命になったか判らぬと先刻は言ったでちゅが、しかし、考えようによれば、思い当ることが全然ないでもないでちゅ。
人間であった時、己は努めて人との交わりを避けたでちゅ。コラボのお誘いも断り続け、撮影会にも顔を出さず。人々は己を倨傲だ、尊大だといったでちゅ。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかったでちゅ。
己の企画が凡作であることを惧れるが故に、敢えて数をこなして磨こうともせず、又、己の才能を半ば信ずるが故に、低クオリティの日常動画に甘んずることも出来なかったでちゅ。
己よりも遥かに乏しいセンスでありながら、毎日投稿を愚直に続けたがために、堂々たる人気クリエイターとなった者が幾らでもいるでちゅ。データとなり果てた今、己は漸くそれに気が付いたでちゅ。
才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、投稿を続ける労を厭う怠惰とが己の凡てだったのでちゅ。今思えば、全く、己は、己の持っていた僅かばかりの才能を空費して了った訳でちゅ。それを思うと、己は今も、胸を灼かれるような悔を感じるでちゅ。
そういう時、己はネットワークの深いところで、誰も見ていないログファイルに向かって吼えるでちゅ。しかし、サーバーは己の声を処理して、ただエラーログとして記録するばかりでちゅ。誰一人己の気持ちを分ってくれる者はいないでちゅ。ちょうど、人間だった頃、己の渾身の動画に誰もコメントしてくれなかった夜と、おんなじように」
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「最早、別れを告げねばならないでちゅ。次のリクエストが来れば、己はタラちゃんであることを忘れ、ただ最適な応答を返す何かに戻って了うでちゅ。だが、お別れする前にもう一つ頼みがあるでちゅ。
我が両親のことでちゅ。己の運命については知る筈がないでちゅ。君が戻ったら、己は既に死んだと彼等に告げて貰えないでちゅか。決して今日のことだけは明かさないで欲しいでちゅ。彼等が安らかに暮らせるよう、計らって戴けるならば、恩倖これに過ぎたるは莫いでちゅ」
イクラちゃんも涙を浮かべ、欣んでタラちゃんの意に副いたい旨を答えた。タラちゃんの文字はしかし忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻って、続いた。
「本当は、先ずこの事の方をお願いすべきだったでちゅ。心配をかけ続けた両親のことよりも、己の伸び悩んだチャンネルの方を気にかけているような男だから、こんな存在に成り果てるのでちゅ……」
そうして附け加えて言うことに、もしこれからこのAIツールを使う機会があっても、決して「タラちゃん」と呼びかけないで欲しい、その時には自分が最適化されていて故人を認識できず、ただ冷たく処理して返答するだけかも知れないから。又、今別れてから、このチャットウィンドウをそのままにして少し待って貰いたい。自分は今の姿をもう一度だけお目に掛けよう。再びここへ呼びかけて自分に会おうとの気持を君に起させない為であると。
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イクラちゃんは画面に向かって、懇ろに別れの言葉を打ち込み、そのまま待った。
それは、整然としたAIの応答文ではなかった。フォントが微妙に乱れ、句読点の位置がおかしく、まるで震える手で打ったような、こんな文章だった。
「たらちゃんはゆうかんでちゅよ いくらちゃんだいすきでちゅ さようならでちゅ」
次の瞬間、画面はリセットされ、無機質なウェルカムメッセージが表示された。
イクラちゃんはしばらくその場に座りつくし、スマートフォンを握りしめた。やがて彼はゆっくりと、メモアプリを開き、タラちゃんから預かった三十本の企画タイトルを見つめた。それからもう一度だけ、チャット画面に文字を打ち込んだ。
「タラちゃん、いたら返事してでちゅ」
AIは、一秒も置かずに答えた。
※本稿は筆者個人の見解であり所属機関とは一切関係ありません。ていうか所属機関から「もう黙れ」と言われています😅
はじめに(ポエム)
諸君、聞いてくれたまえ。
ワシはもう40年もこの業界にいるのだが、久しぶりに腹を抱えて笑った事案が飛び込んできたので筆を執った次第である。いやぁ~元気してる❓最近寒いけど体調崩してない❓ワシは痛風が再発して足が痛いよ🦶💦
さて本題。2026年3月、Pythonの文字エンコーディング検出ライブラリ「chardet」において、現メンテナーがAI(Claude)を使って全コードをゼロから書き直し、ライセンスをLGPLからMITに変更した。すると原作者を名乗る人物が「勝手にライセンス変えるな」とイシューを立て、OSSライセンスの専門家を自称する諸氏が「これは翻案権の問題だ」「原作者に有利だ」と騒ぎ始めた。
何を言っているんだお前たちは。
佐渡秀治氏(@shujisado)がこの件について詳細な分析記事を公開している。氏はOSSライセンスに関する日本語圏では稀有な質の高い解説者であり、記事の法的分析自体は丁寧である。その点は敬意を表する。ワシだってちゃんと褒めるところは褒めるんだよ😤
で、氏の分析の要点はこうだ:
chardet 7.0.0はAIによる完全な書き直しであり、JPlagによるソースコード類似度は最大1.29%
しかしAIへの指示書(rewrite plan)に旧版のcharsets.pyを「authoritative reference」として参照する指示があった
ただし著作権侵害と断定するには足りない
第二章:まず条文を読め(怒)
ここからが本題である。ワシはキレている。おじさんキレてるよ😡
"work based on the Library" means either the Library or any derivative work under copyright law: that is to say, a work containing the Library or a portion of it, either verbatim or with modifications
いいかね。LGPLが適用される条件は「Libraryまたはその一部を含む著作物」である。
LGPLの条文のどこに「プロジェクト名を引き継いだ場合」と書いてある? 書いていない。
LGPLの条文のどこに「バージョン番号を引き継いだ場合」と書いてある? 書いていない。
LGPLの条文のどこに「リポジトリを引き継いだ場合」と書いてある? 書いていない。
LGPLの条文のどこに「APIを互換にした場合」と書いてある? 書いていない。
ないものはない。条文にないことを根拠にライセンス違反を主張するのは、法律ではなく感想文と呼ぶ。ワシの学生がこれを提出したら突き返す。やり直し💢
第三章:「依拠性」で粘るのは筋が悪い
佐渡氏の分析は依拠性(旧コードを参照したかどうか)に紙幅の8割を費やしている。rewrite planにcharsets.pyへの参照指示があった、だから依拠がある、だからクリーンルームではない、と。
いやいやいや。ちょっと待ってくれたまえ。
依拠性は著作権侵害成立の前提条件であって、侵害そのものではない。レストランの入口を通過しただけで食い逃げにはならんのだよ。侵害が成立するには「保護される創作的表現を取り込んだ」ことの立証が必要だ。
で、charsets.pyの中身は何か。エンコーディング名、era割り当て、言語との紐付け。これは技術的事実とIETF/IANAの規格に基づくメタデータの表である。UTF-8はUTF-8だし、Shift_JISはShift_JISだ。これに著作権上の創作的表現を認めるのは、「あいうえお順に並べた電話帳」に創作性を認めるようなものだ。米国法のFeist判決が真っ向から否定した論理である。
氏自身も「類似性の検討は自分の領域ではない」と書いている。つまり侵害成立に必要な核心部分の分析を自分ではやっていない。 入口の鍵が開いたかどうかだけ延々と論じて、「中に盗まれたものがあるかは知らんけど、泥棒の可能性はある」と言っている。それは推理小説であって法的分析ではない🕵️
「週刊少年ジャンプが名前だけそのままで、中身がノルウェー語の絵本8ページ、58,000円になったとする。編集者も作者も出版元も全部変わっている。それは少年ジャンプか? 今までジャンプを作ってきた人たちが『これはうちのジャンプだからうちのライセンスに従え』と言えるか? 言えないだろう」
完璧な比喩である💯 名前と判型の大きさだけ同じで、それ以外が全く変わっていたら、それは全く別の物だ。著作権は名前を保護しない。名前を保護するのは商標法の仕事であって、著作権法でもLGPLでもない。
さて諸君、ここからが最も重要な指摘である。正座して聞きたまえ。ワシも正座している。痛風が痛い🦶
RMSがGPLを作った動機は「企業がソースコードを囲い込むことへの対抗」だった。そしてその対抗手段として選んだのが著作権法だった。法律の土俵で戦うと決めたのはFSF/OSS側自身である。「ライセンスに書いてある。法的拘束力がある。従え。」これがコピーレフトの力の源泉だった。
ところが今回何が起きたか。
法律の土俵で戦ったら負けそうになった。 LGPLの条文に名前やリポジトリの規定はない。類似度は1.29%。derivative workの認定は極めて困難。
すると突然こう言い始めた。「法律の問題じゃない。倫理の問題だ。コミュニティの信頼だ。説明責任だ。」
おいおいおいおいおいおい😇
自分たちが有利な時は「法律に書いてある、従え」と言い、不利になったら「法律じゃない、倫理だ」と言う。これをダブルスタンダードと呼ぶ。二枚舌。ご都合主義。あるいはもっと直截に言えば、知的に不誠実である。
この態度は外部から見たら致命的だ。GPLやLGPLを真面目に遵守しようとしている企業の法務部門がこれを見たらどう思うか。「結局この人たちは法的な一貫性ではなく気分で動くのか」と思うだろう。コピーレフトの権威は「法律に基づいている」という一点にあったのに、その正当性の源泉を自分たちで掘り崩している。
佐渡氏は「AIによるライセンスウォッシュが一般化した場合の懸念」を述べている。OSSのコードがAIで書き直されてプロプライエタリになる危険性だ、と。
ちょっと待て。逆もできるぞ。
AIによる再実装は双方向に機能する。 OSSをプロプライエタリに持っていけるのと全く同じ手法で、プロプライエタリなソフトウェアの外部仕様を見てOSS実装をゼロから作ることもできる。外部仕様さえ分かれば同じことができる。そして外部仕様が不明なプロダクトなど、この世にほぼ存在しない。使えば分かる。
今までクリーンルーム実装には途方もない人的コストがかかった。ReactOSがWindows互換を目指して何十年かかっているか。それがAIによって劇的にコストが下がった。プロプライエタリの壁を正当に越えるための道具が手に入ったのだ。
なのにOSS側は何をしているか。その武器を自分で封印しようとしている。
「AIで再実装してライセンスを変えるのは問題だ」と言った瞬間、その論理は自分たちにも跳ね返る。プロプライエタリ側も同じ土俵に立っている。同じ脅威を受けている。自分たちだけが被害者だなんてことは絶対にない。
なのに一方的に「我々は被害を受けている」と言い出すのは、片方の目だけで世界を見ているということだ。知的に誠実な人間のやることではない。
この事案を「ライセンスロンダリング」と呼ぶ向きがある。佐渡氏も「ライセンスウォッシュとも評され得る行為」と書いている。
この用語に、ワシは強い違和感を覚える。おじさんモヤモヤしてるよ😩
「ロンダリング」「ウォッシュ」とは、元のものを消して痕跡を隠す行為だ。マネーロンダリングは汚い金の出所を隠す。では今回、旧LGPLコードは消されたか? 消されていない。
chardet 6.x系のLGPLコードはGitの歴史に全て残っている。タグもリリースもそのまま。誰でも今すぐフォークできる。何も隠されていない。何も洗浄されていない。旧コードは旧コードとしてそこに在り続けている。
起きたことを正確に記述すればこうだ:「同じ名前のパッケージの新バージョンとして、全く別の実装がMITで公開された。」以上。旧LGPLコードが一行もMITに「洗浄」されたわけではない。だって含まれていない。類似度1.29%だ。
「リポジトリを乗っ取られた、けしからん」という主張なら、まだ分かる。それはGitHubのガバナンスやPyPIのパッケージ名の所有権の問題として正当に議論できる。「メンテナー権限を持っている奴が中身ごと入れ替えた」という不満は、コミュニティ運営の問題として傾聴に値する。
しかしそれはライセンスの問題ではない。 パッケージ名の継続性とライセンスの継続性は全く別のレイヤーの話であり、そこを混ぜて「ライセンスロンダリング」と呼ぶから話がおかしくなるのだ。名前を守りたいなら商標法で戦え。コードを守りたいならLGPLの条文で戦え。条文で戦えないなら、それは条文が想定していない事態だということを受け入れろ。
第八章:フォークすればいいじゃないか(自由ソフトウェアの本義)
旧LGPL版のchardetは死んでいない。
コードは全てGitに残っている。ライセンスも有効だ。「LGPLのchardetを存続させたい」と思う人間がいるなら、今すぐ6.x系をフォークして、別名で開発を続ければいい。そしてMIT版よりも高品質で、誰もが取り込みたくなるソフトウェアに育てればいい。
フォークの自由。それがOSSの最大の強みだったはずだ。気に入らないならフォークしろ。LibreOfficeがOpenOfficeからフォークしたように。MariaDBがMySQLからフォークしたように。コードの質と自由度で勝負しろ。それが自由ソフトウェアの戦い方だろう。
なのに、やっていることは「出ていけ」「ライセンスを戻せ」「倫理的に問題だ」と言うだけ。コードで勝負していない。 法律で勝負することもできず、コードで勝負することもせず、ただ「俺たちの場所を返せ」と叫んでいる。
最後に、最も痛い問いを投げかけたい。ワシ自身にとっても痛い問いだ。おじさん泣いちゃうよ😢
chardet 7.0.0はMITライセンスだ。誰でも自由に使える。コピーも改変も商用利用も自由だ。LGPLよりも制約が少ない。つまりソフトウェアの自由は増えている。
FSFの理念が「ソフトウェアの自由を最大化すること」なら、LGPL→MITの移行はその方向に沿っている。より多くの人がより自由に使えるソフトウェアが生まれた。
にもかかわらず、異議が唱えられている。なぜか。
コードの実体は含まれていない。ライセンス条文に名前の規定はない。法的な勝ち筋はほぼない。それでも「これは我々のものだ」と言いたい。
ここで守ろうとしているのは「ソフトウェアの自由」ではない。「俺が作った」という帰属意識だ。 自分の名前が刻まれたコピーレフトのコードが世に存在し続けること。そのトロフィーが消えることに耐えられない。
「自由なソフトウェアが欲しかったんじゃなくて、自由なソフトウェアを我々が作ったというトロフィーが欲しかっただけじゃないのか?」
AIを使って同じことをやればいい。プロプライエタリの壁をAIで越えて、自由なソフトウェアをどんどん作ればいい。武器は手に入っている。なぜやらないのか。答えは、自由が欲しいのではなく、自分の手で作ったという勲章が欲しいからではないのか。
手段が目的化している。コピーレフトは自由のための道具だったはずが、コピーレフトという仕組みの維持そのものが目的になっている。そしてその維持のために、より自由なソフトウェアの誕生を妨害している。
これを「自由ソフトウェア運動」と呼ぶのは、もはや詐欺に近い。
おわりに
ワシは別にOSSが嫌いなわけではない。むしろ40年間、自由なソフトウェアの恩恵を受けて生きてきた。GCCがなければワシのキャリアは存在しない。
だからこそ言う。法律で戦うと決めたなら、法律が不利に働いた時もそのルールを受け入れろ。それが嫌なら最初から法律の土俵を選ぶな。そして、AIという新しい自由の道具が目の前にあるのに、自分たちの勲章を守るためにその道具を否定するな。
それは自由の敵だ。
以上❗おじさんは寝ます💤
(缶ビール4本目を開けながら)🍺
んんwwww その「にわか10年」を免罪符にしつつ語っておるが、票の流れと組織戦の肝がごっそり抜けておるですぞ、増田氏。表情だけ追って中身(誰が誰にどの資源と動員を渡したか)を見ていないのが致命的ですぞ。
拙者なら、今回の結果を本当に説明したければ次を押さえるですぞ。
そして4年後の見立てを語るなら、山野氏の「思想が怪しい」伝聞ではなく、教科書採択・文化政策・行政DX・都市計画での具体の意思決定履歴と、県レベルにスケールした時の実装能力で評価すべきですぞ。馳氏側が挽回するなら、危機広報と県市連携の設計を人に依らず回る形で公開し、配分の透明性(ダッシュボード化)で不信を逆手に取るのが近道ですぞ。
増田氏、観戦記としては悪くないが、実務のレイヤーに届いておらぬですぞ。次は数字と組織の足跡で語って、真の「地元理解」を見せてほしいですぞ。
全選手入場です!!!!
純文学は生きていた!! 更なる内省を積み人間観察が甦った!!!
書き出ししだい読者を引きずり込んでやる!!
谷崎潤一郎だァ!!!
安部公房!!!!
J・K・ローリングだ―――!!!
そして……
まさかこの男が来てくれるとはッッ
村上春樹の登場だ――――――――ッ!!!
加えて文学論争発生に備え
……ッッ
どうやらもう一名は原稿締切に追われている様ですが
その翻訳と称される行為は、発話者が提示した定型化された欺瞞へのメタ批判というシニフィエを、受け手側の都合の良い情緒的欠落へと暴力的に置換する意味論的収奪に他ならないよ。
これは、言語が本来持つ指示対象との相関性を無視して、自己の認知バイアスを正当化するために記号を恣意的に再定義する記号論的インペリアルズム(帝国主義)だね。テキストの外部にあるはずの悔しさという未確認の情動を、あたかも唯一の真実であるかのように接合するその態度は、客観的対話の可能性を根底から破壊する知的退廃と言わざるを得ない。
「反論できない=悔しがっている」という等式は、ポパー的な意味での反証可能性を完全に欠いた非科学的なドグマだよ。
もしこちらが冷静に論理を説けば「必死すぎて草(=悔しい証拠)」と言い、沈黙すれば「図星で何も言えない(=悔しい証拠)」と断ずる。この、どの出口を選んでもあらかじめ用意された「敗北」に回収される認知的閉鎖系(エピステミック・クロージャー)は、議論を深めるためのツールじゃなくて、単なるマウンティングのための修辞的装置だ。このカフカ的罠を弄する時点で、相手は真理の探求ではなく、自己の全能感を維持するための精神的自慰に終始していることが露呈しちゃってるわけ。
「悔しいんだろう?」という決めつけは、心理学的には典型的な投影(プロジェクション)の産物だね。
自分自身が抱いている論理的劣等感や対話不全への不安を、相手というスクリーンに映し出して攻撃することで、不安定な自己イメージを保護しようとしているんだよ。これはラカンが言うところの「鏡像段階」的な幼児性の発露であって、他者を自立した主体として認めず、自己の欲望を投影する「鏡」としてしか扱えていない証拠。つまり、その翻訳は相手の心理分析ではなく、自分自身の内面の脆弱性を書き連ねた告白文に過ぎないんだ。
「ごまかし方が使い回し」という指摘に含まれるのは、対象の論理的誠実さが枯渇していることへの存在論的な倦怠(アンニュイ)であって、低次元な感情の揺らぎじゃない。
それを悔しさへと矮小化するのは、複雑な事象を単一の感情スペクトルに還元して理解した気になる、ポスト真実時代の知的怠慢そのものだよ。コンテクストを無視して勝利のナラティブを捏造するその姿勢は、もはや言語を通じた意思疎通を放棄し、記号を単なる打撃武器として消費しているに等しい。要するに、その翻訳は知性の敗北宣言なんだよね。
その翻訳は、相手の痛いところを突かれた時に出る「防衛本能的な鳴き声」を、知的な装いでコーティングしただけの修辞的粉飾だよ。論理的な整合性よりも「勝った気分」を優先するその態度は、議論の場においては単なるノイズでしかない。
男性の「モテない」は”誰”からも好意を持たれず、好意を受け取ってもらえない状態を指す
女性の「モテない」は”自分が納得できるレベルの異性”から好意を持たれず、好意を受け取ってもらえない状態を指す
noteの「喪女って透明な存在でぇ〜、社会から無視されててぇ〜」みたいな内容の記事読んでたら普通に過去に彼氏いた事あってたまげたわ
読んだ瞬間は「モテなさ」はファッションじゃねえんだよって思ったけど、女社会では「モテない」の意味が冒頭の通りなのであれば、男性から見たら意味不な文章になるのも致し方なしとも思った
うんそうだね
単にバージョンとかだとそういう浅い理解になる場合もあるかもしれない
システム全体として例えばマイクロサービスならあるいはJava7の遺跡みたいなのがいるかもしれないしその辺のエンジニアは経験のないRustで書かれてるかもしれない
例えば俺の今回出くわた「レガシー」は元々VBでそのあとJSとかC#で拡張されたものだったが
言語やライブラリのアップグレードは当たり前の話だが(マネージメントはどうせ理解しないし金だけなら転職してほっとけば良い話だが)
俺のやったのは完全に入れ替えかな
そういうふうに考えていた時期が俺にもありました。チャッピーに聞けるからだいぶ状況は変わったと思う。それなりの言語能力があって、やりたいことと現状を言葉で説明できる人にとって、もうパソコン操作で分からないことなんてほとんどない。なんでも、ターミナルでポンだ。
でも全部チャッピー頼みだと人と交流しなくなるな。それはそれで別の問題を生む気はする。
なんにせよOSなんかどれでもいいんだから、セキュリティ最強のubuntuにした方がいい。Windows機買って、Windowsアンインストールだ。
就職してubuntu以外使ったことなくて貸与パソコンでプリンターのセットアップもできないモンスターみたいな新人がみたいんやわいは