はてなキーワード: 素人とは
今日も今日とてXでは、またMT/AT論争が巻き起こっている。まるで北緯38度線のように、争いがいつまでも終わらない。停戦状態にあるだけ、38度線の方がマシかもしれない。
私のTLを観測している範囲では、MT派からAT派への攻撃を見かけることが多い。健常者ならMT乗れて当たり前とか、MT挫折してAT限定にしたやつは公道走るなとか、まぁそんな具合だ。
かくいう私も最近ATからMTに乗り換えた。峠を攻めたいとかサーキットでかっ飛ばしたいとか、そういうわけでは全然ない。単に車の運転に刺激が欲しかったのだと思う。
その上で私見を述べるなら、現代日本の道路事情において積極的にMTを選択する必然性は「ほぼ皆無」であるし、AT限定を批難する要素も見出しにくい。
MT派によるAT批判を見ていると、いわゆる老害と共通する部分が多いように感じる。なぜ人間は、便利な新技術の登場をかくも毛嫌いするのであろう。MTにも乗れないなら車をちゃんと動かせないなんて言う奴は、手書きじゃないと心がこもっていないなどと言って電子的に作成した履歴書を否定したり、お腹を痛めて出産しないと母親にはなれないなどと言って無痛分娩を否定する連中と同レベルではないか。幸いなことに現代では、人間がわざわざ手動でギアチェンジしなくても機械がやってくれるようになったのだ。それだけの話だ。便利さ重視でATに乗りたいならATに乗ればいいし、トラディショナルな操作にこだわりたいならMTに乗ればいい。
クラッチを含めた両手両足の操作ができなきゃ安全運転できないという意見もあるが、これではかつての「交通戦争」の事実を全く説明できない。誰も彼もがMTを動かしていた時代であっても、交通事故はそこら中で発生していた。だからMTに乗れるなら安全運転できるということにはならないし、ATだから危険運転を産むというのも短絡的な考えだ。少なくともAT全盛の現代の方が事故発生件数は少ないのである。これはミッション方式というよりも道路事情や安全技術の発達によるところが大きいかもしれないが、
というかATを運転できる程度の身体の自由があるなら、MTだって乗れる人が大半だろう。出だしの飲み込みのスピードは人によって差があるから、初手で苦手意識を植え付けられる人も出てくる。しかし時間をかけて練習すれば克服は決して難しくないし、出だしのペースと最終的な技術の習熟度は必ずしも一致しない。ただ現実的にはいつまでもだらだらと教習所に通えるわけではないから、時間的・経済的・心理的な負担増を嫌ってMT→ATに切り替えている人が多いだけではないかと思う。実際、現代日本のAT比率を考えれば、余計な苦労を背負ってまでMTに固執する必要はどこにもない。あくまでも本来の目的は「自動車免許の取得」であって「MTを動かすスキル」ではない、という人は相当数いるだろうし、MT→ATに切り替えることで無事に本来の目的を達成した人もまた相当数存在する。それできちんと運転できているなら、何も悪いことは無い。
ATに対するMTの優位性はシーンに応じてドライバーが自由にギアを選択できる点にあるが、そもそも公道ではMTに乗ってまで積極的にギアを変えるべき場面というのがそこまで多くない。ATであってもそうした場面には十分に対応可能だ。たとえば長い坂道を下るときには低めのギアを選択してエンジンブレーキを使い、フットブレーキのみに依存しないことが大事になるが、ATであってもBとかSとかLとかのギアを選択すれば同じ目的を達成できる。なにもMTである必然性はない。普段運転するエリアがアップダウンの乏しい平地であるなら、なおさら些末な問題になる。高速合流時などにおいても、低めのギアで十分に加速することが求められるが、やはりSなどを使えばATでも十分な加速が得られる。
またMTの自由度の高さは、操作の煩雑性や諸々のリスクと表裏一体である。信号待ちからの発進一つとっても、ATはアクセルを踏み込むだけでたちどころに加速していくが、MTは矢継ぎ早に1→2→3と切り替えながらスピードに乗っていかないといけないし、回転数をマッチさせる運転ができないと乗り心地が極端に悪化する。急坂ではサイドブレーキも使わないといけない。シフト操作にミスがあればオーバーレブのリスクも出てくる。交差点のど真ん中でエンストしようものなら、他車の交通を阻害したり追突されたりする要因になる。
そうしたことを考えると、「余計な操作や心配に煩わされずに街中をスムーズに走る」という部分においては、圧倒的にATが有利になる。最近のATは燃費も優秀だから、経済面でのMTの優位性もたかが知れている。新車販売においてはMTの方がATよりも若干安価だが、街中ではATの方がずっと多いのだから、ユーザーはそんな価格差は気にしていないのだろう。車重の軽量化、メンテナンス性の高さなどもあるが、車重全体のわずか数パーセントにしか満たない差を必死に削り出すようなドライバーは稀有であろうし、多少ラフな使い方をしても問題なく長距離を走れるATは多い。やはり、ATはMTよりもずっと便利で取り回しのしやすい機構だという結論になる。
ただ、この利便性の高さがドライバーの思考力を奪っている点は否定できない。余計な操作や心配に悩まされない状態というのは、必要な操作や心配までをも忘れてしまうリスクを跳ね上げる。上述した下り坂でのエンブレの件にしても、ブレーキランプを煌々と照らしながらダウンヒルする車を見かける機会は少なくない。上り坂で先行車が後退してくるリスクを考えず、車間距離をビタビタに詰めてくる車もいる。現代の先進技術は、考えなくても車を動かせる状態をも産んでいるため、このような事態が発生する。利便性を求めた結果であるから、それ自体は悪ではないのだが、車に乗られている人たちを大量生産しているのも事実だ。
考える必要が無い状況での運転は、ドライバーにとって油断の原因にもなってしまう。走行中につい眠気に襲われる...というのは誰しもが経験するだろうが、AT車は要求される操作が少ない分、どうしても注意が散漫になりがちだ。集中力の低下や居眠り運転を防止するなら、変な先進安全技術を搭載するよりもMT車に乗った方がよっぽど良いのではないかと思わなくもない。雑な操作をすればすぐさまシフトショックやエンストが発生するから、舟をこいでいるドライバーを叩き起こしてくれる。そもそもシフトレバーをギコギコやっているうちは体にも脳にも刺激が入るから、眠気を誘発しにくい。高速に乗って6速固定のクルコン、みたいな運転の場合はどうしようもないが...
免許の区分に関係なく、運転中に思考が鈍る事態は避けねばならない。AT限定ではこの部分が問題になりやすい。運転中の突然の眠気などはどうしようもない(眠気の発生自体は根絶しようがない)が、MTに関する座学および実技教習は、教習の区分とは無関係に実施してもらいたい。先進技術は過去の技術を土台として生まれるのだから、MTのようなプリミティブな機構を理解することは決して無駄ではない。どころか先進技術を理解するための助けになる。
色々書いたが、個人的にはAT限定のドライバーがただちに危険運転をするとは思わない。むしろ逆で、今この時代にわざわざMTを選択するような人間の方にこそ、何をしでかすかわからない危険性・変態性を感じる。MT乗りはスポーツ走行が好きな連中も多いだろうから、法定速度をガン無視したり、峠を攻めたり...ちょっと前にマジキテル連合の一件が問題になったが、変にMTを乗り回す連中の方がAT限定ドライバーよりもよっぽど危険ではないか?
昔ならいざ知らず、今はどこを取ってもATはMTを凌駕してしまう。MT派の立ち位置はまさに砂上の楼閣である。国産スポーツカーの雄として長い歴史と高いブランド力を有するGT-Rでさえも、最後にはMTを切り捨てた。AT技術の進化とMTの衰退を端的に表している事例である。現在では教習所でのMT教習時限も大幅に削減されてしまったし、世界はEV化へと舵を切っているし、MTに乗ることはますます困難になるだろう。しかし繰り返しになるが、ドライバーの思考力は利便性と反比例するように低下するリスクを抱えている。車をただの移動手段としか見ていない人もいるだろうが、自分がアクセルやブレーキを踏むとき、あるいはハンドルを切るときに、各パーツがどう反応して車全体がどう動くのか、自分の車と他の車の挙動はどう違うのか...免許を有し運転する限りは決して放棄してはいけない思考である。思考放棄ドライバーの割合は、MT派よりもAT派に多いだろうということは想像に難くない。
ATは基本的に、なにもせずとも車が進んでいく。なにもしなくても車が進んでしまうとも言える。それは確かに便利なのだが、人間は時に利便性を度外視して楽しさを求めたくなる生き物だ。素人が手間暇をかけてつくった料理は冷凍食品にすら及ばないかもしれないが、単純な味の優劣だけでは語れない満足感がある。生成AIは短時間でクオリティの高いイラストを出力するが、画材や構図やシチュエーションについて、悩みに悩んで生み出した手描きの絵を眺めることでしか得られない感覚がある。令和の時代にMTに乗るという選択は、理屈だけ考えれば全く筋が通っていない。だが筋が通っていないことは、不正解だということにはならない。シフトレバーとクラッチペダルを操るあのドライビングフィールは、ATでは決して味わえない。
だからATが好きならATに乗ればいいし、MTが好きならMTに乗ればいい。本当にたったこれだけの話のはずなのだが...お互いもっと柔軟に考えようぜと思わずにはいられない。そうすれば無駄な論争も発生しないのにね。
Macミニ今でも94800YENでM4の10コアでメモリ16GB(120GB/s)でSSDが256GBだよな
M4Proでメモリ64GB(273GB/s)でSSD512GBのハイエンドLLM構成しても308800でダントツに安いように素人目には見えるけど違うのか
なぞなぞです。
ゲットワイルドアンドタフ1人では解けない愛のパズルを抱いてのパズルってなーんだ!
正解は!
確定申告でしたー!
しかも!
1人で出来ましたー!
どんどんひゅーひゅーぱふぱふ!
なんか毎年やってるけれど、
年々仕組みが簡単になって便利になってきたわ。
これも、
インフォグラフィックスとトータルテクノロジーのおかげよね。
面倒だなぁって毎回思ってるんだけど、
思ってたよりすぐに終わったからよかったわ。
でもこれ、
そんな勢いはなかったけれどとにかく凄い自信であっけなく確定申告は終わったのでホッとしたところよ。
ポチポチと電子入力を端末でこなして行くだけでオーケーっちゃオーケーなのよね。
だったら早くやりなよ!って思われて当然かも知れないけれど、
そこは糠に釘!暖簾に腕押し!
でさ、
なんか前はデータは作ったもののその会計ソフトから私は上手くテクニックが無かったトータルテクノロジー任せられなくて送信に失敗して
今回は初めてと言っても言い過ぎではないかも知れない過言だったらゴメンナサイだけど、
あれ以前だったら、
ただ
利用者申請番号とかマイナンバーカードの暗証番号しかも1つじゃないいくつかの暗証番号があって、
それちゃんとメモしていたから揉めなくてスムーズに済んだスムージーにこなすことができたと思うわ。
やっぱりこのトータルテクノロジーのおかげね!って思っちゃったわ。
小一時間ぐらいで終了。
最終項目を入力してってぐらいの作業で案外すぐに終わっちゃったわ。
いつもさ、
思うんだけど、
そんなに売り上げも経費も無いのに、
この還付金って何が源泉になっているのか?
間違って申告していたら指摘されたとき怖いので
その還付金はずーっと口座に留まったままなのよ。
だからうかうかそれで町中華にいってルービー決めるってワケにはまだ安直には行かないのよね。
この還付金って何に使ったらいいの?
解けない愛のパズルってゲットワイルドアンドタフって言ってるけれど、
私には到底理解できないぐらいよ。
なんとなく
もう全部私が使っている会計ソフトの「全部お任せ之助侍」がやってくれるのよね。
大蔵大臣!って呼ばなくて済むの。
だから
インフォグラフィックスとトータルテクノロジーなのかな?って
枕詞にAIって出して付けておけば私もなんか賢いことやってる行っている確定申告はAIに任せたい!って
あー、
これで先の私の滞っている作業が行えるし
枕が16センチメートルぐらい高くできて寝られるってもんよね。
いちいち覚えてられないし、
またその作業をやり出すときにあれこれなんだっけ?って入力箇所に戸惑う、
毎年やってるのにいい加減に覚えなさい!って我ながら思っちゃうけれど、
日々進化している
インフォグラフィックスとトータルテクノロジーのおかげで、
思ってたより簡単に済ませられちゃったから安堵の息を吐息のように吐くの。
あーあよかったなって。
べ、べつに花*花さんの曲のことを言っているんじゃなくって
私の確定申告を無事終わらせられてあとで間違ってて税務署から電話が来ないことを祈るわ。
素人が手作りした確定申告の書類なので温かく見守って欲しいところよ。
どうか、
でもさ、
よくよく思ったんだけど、
これって全部AIに任せられないの?って
今この私が駆使した
インフォグラフィックスとトータルテクノロジーをもってしたら、
でもAIがやってくれたとしても、
最後書類を印刷して封筒に入れて夜中遅くに税務署のポストに投函してってことは人間にしか
まだまだ出来ないので、
そこまでやってくれたら嬉しいのよね本当は。
朝起きて夜寝たら
小人さんたちが確定申告こしらえて完成させてくれた!みたいな。
そんな、
インフォグラフィックスとトータルテクノロジーがやってくる世界の未来はまだまだかも知れないわ。
とりあえず
私の行うべき確定申告は無事提出できて納税も済ませちゃって終わらせられたからよかったわ。
うふふ。
タマゴとトゥナイトって今晩食べそうなサンドイッチに思っちゃうけど、
納豆巻きと迷ったけど、
これっきゃナイトって感じね。
朝寒かったので
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
https://x.com/atsukohigashino/status/2030904341637591090
これまた思い出したけど
日本のとある制度についてぼやいてたら「本気なら政治家に草案送れよ!」とネトウヨに絡まれて
いや(政治家にとって素人が法の草案送ってくるって)迷惑だろ…とたしなめても「草案送れ!」ってしつこく絡まれて迷惑だったな
キッチンの上に床材などの重量物が山積みにされていて、大丈夫なのか?って不安がった施主が投稿したんですけど、やいのやいのと野次馬が集まってくるわけです。
で、今回は特におかしな人が混ざっていたので、その人を中心に変な方向に議論が白熱しちゃったんですね。
そのおかしな人というのがナナキンさんですね。
自称「注文住宅・インテリアカテゴリの有料noteで購読者数日本一」というよく分からない肩書を武器にしてらっしゃるようです。
有料noteなので中身は見れないんですが、主にハウスメーカーやインフルエンサーの批判をしているみたいですね。
ブルーオーシャンだったのか400人程度の購読者で自称・日本一になったそうです。
素性はよく分からないです。注文住宅を建てた経験はあるようですが、どんな自宅かは公開していません。住宅関連の実務経験者でもないようで、特に資格も持ってないようです。
そんな半可通が件の写真に噴き上がって「住宅業界はクソ!我に正義あり!」と息巻いてたら、冷静な実務者、施主たちから冷ややかな目で見られるわ、諭されるわの惨状だったんですが、本人は意に介さずレスバしまくって、とどまることを知らない状態です。
その流れで取り沙汰されちゃったのがナナキンさんのやっている間取り添削15万円、フルサポート50万円という高額サービスなんですね。
実務経験者でも有資格者でもないド素人に払う金額ではないですよね。
でも買っちゃう人がいるようで、なんともまぁネットは広大だわ。
それで、Xでレスバしているナナキンさんの主張が本当に面白いんですよ。
壮大なダブルスタンダード、Whataboutism、論点ずらしと低レベルなレトリックのオンパレードで。
たとえば、注文住宅は高額だからという理由でハウスメーカーにどこまでも責任を求める一方で、自身の高額サービスについては免責事項を記載しまくり。
question 依頼して家づくりが失敗したら責任は取ってもらえますか?
answer 私のご提案・アドバイスに故意、重過失による問題があり、私の原因100%である場合は相談はお受けします。家づくりの失敗もどこに責任があるのか特定することも難しく、一番お金を支払うのは住宅会社ですので基本的に住宅会社と相談いただくことになると思います。
「間取り添削する人は法規とか分かるのかと言われたんですが、分からないし分かる必要もないと思います。まず添削ということは住宅会社が作った元のプランが必ずあります。少なくともそれは法規に則って建てられるってことですよね。それを見たうえで敷地におけるボリューム、耐震の担保を前提に部分最適をする。これが添削です。」とかも恥ずかしくないのかな。そもそも住宅会社を信用してるの?してないの?
「「ナナキンは家1軒しか建ててなくて何が分かる?」と数を問題視してる人がいます。数が重要なら100~1000棟引き渡している住宅会社の営業、設計は私の100~1000倍の知識がないとおかしいですがありますか?気密や換気が分からない、照明計画もエアコン計画も作れない中身素人がほとんどですが」とかも典型的なWhataboutismですよね。というか、それがナナキンさんが正しい証明にはなりませんしね。1000棟建てたプロでも知識がない人がいる、況や1棟の施主をや、ってのが普通の論理回路ですよ。
50万円のフルサポートやってるのに、
「さすがに限界が来たので1.5万の間取りソフト買いました。比較検討はせず信頼できる人が使ってたので同じものを
使えるようになるといいな」
だって、ちゃんと政治のこと勉強してる人ってそんなにいないじゃん。
ニュース見ない人も普通にいるし、政策なんて読んでる人ほとんどいないと思う。
それなのに、そういう人の一票と、ちゃんと調べてる人の一票が同じ重さって冷静に考えると変じゃない?
・知名度
・テレビに出てるか
・なんとなくのイメージ
で投票してる感じある。
だったらもう、最初から政治に詳しい人だけで決めた方が良くない?って思う。
医者だって資格ない人はできないし、飛行機の操縦も素人には任せないわけでしょ。
なのに国の運営だけは「みんなで決めよう」っていうの、なんか不思議。
もちろん「それは民主主義じゃない」って言われるのは分かる。
これは最も怪しいです。
本文では、
通常、被害申告の直後に、
まで進むのはかなり不自然です。
ゼロではありませんが、作り話で「悪質な罠感」を強めるために置かれやすい要素です。
実際の案件では、そんなに教科書的に「刑事ルート」対「示談ルート」の二択として、翌朝の時点で整理されて提示されることはあまりありません。
現実の弁護士の会話というより、“示談を迫られる冤罪被害者”の典型エピソードとして読者に分かりやすく整えた感じが強いです。
実話でも後から要約した可能性はありますが、その場合でもかなり脚色臭があります。
本文では「強制わいせつ罪で逮捕」とありますが、痴漢事案の説明としてはやや雑です。
その時代設定次第ではあり得なくはないものの、痴漢事案は態様や時期によって整理が異なります。
被害者側弁護士が、翌朝いきなり素人相手にそこを断定的に言うのは少し不自然です。
つまり、本当に弁護士がこう言ったというより、書き手が後から“重く見える言い方”でまとめたように見えます。
人生を左右する額なのに、
がほぼ書かれていません。
「やってもない痴漢の罪で200万ちょっと払った」というのは、読み手に強い印象を与える数字です。
もちろん絶対にあり得ないとは言いませんが、
という流れは、やや極端です。
たとえば、
こうした核心部分が曖昧です。
その代わりに、屈辱・恐怖・人生が狂ったという感情描写は厚い。
これは 事実の記録というより、被害感情を中心に再構成した文章に見えます。
文中では、
もちろん冤罪体験談ならそうなりがちですが、現実の出来事なら普通は
などが少しは混ざります。
それがほとんどないので、“読者が全面的に同情しやすい形”に整えられている印象です。
接続が自然というより、最初から後半の主張を言うために前半が置かれている文章のように見えます。
後半は、
という流れになります。
ここは、個人の体験談というより 社会的主張の文章 になっています。
特に最後の「自力救済」に触れる部分は、感情の吐露としては分かるものの、読者を煽る方向に話を持っていくための締め方にも見えます。
つまり前半の体験談が、後半の主張の根拠として機能するよう、きれいに接続されすぎています。
本人は「手際が良すぎるから嵌められたと思う」と言っていますが、本文中の事実だけでは、
は分かりません。
にもかかわらず、「ほぼ確実に嵌められた」とかなり強く言っている。
現実でもこういうことはありますが、匿名投稿では 読みやすさのために因果関係を一直線に整理しがちです。
実際にはもっと断片的で、偶然や別要因も混じるはずなのに、本文ではほぼすべてが単一事件由来になっています。
具体的なのは、
一方で、本当に検証可能性のある具体性、
はぼかされています。
これは匿名性のためとも言えますが、同時に 真偽判定を避けつつ臨場感だけ出す書き方でもあります。
「完全な作り話とまでは言えないが、読者に強い印象を与える方向へ、事実・解釈・感情・社会批判がかなりうまく再編集されている」
という点にあります。
素人ではあるけど、「エレベーター設置後の変更はできません。」って絶対そんなことないよなと思ってしまう
労力と工賃などで簡単にできませんってならわからんでもないけど、鍵使って開けるドアとかで設定できるようにしようとは思うよね
素人や底辺エンジニアがAIエージェント使うと、気に入ったものが出るまでガチャ繰り返すだけになってる
「コーディングをしなくてよい」
だけは達成されてるけど、まともなエンジニアが使って的確な指示出すのに比べると効率が100分の一になってる
まあ今のところは
否定というか素直な感想では。素人でもよほどやる気がある人でないと十全に使えないから
まあそれもそのうち「いい感じのプログラム作って!」だけで済むのかもしれんけど
SNS上では、時に「正義」の名の下に、当事者の置き去りにした議論が加速することがあります。
現在注目を集めているマンガワン・小学館の事件を巡り、成人済み腐女子を名乗るMさんが行っている発言は、その典型的な危うさを孕んでいます。
彼女は「被害者に寄り添っている」というスタンスを崩しませんが、その実態はどうでしょうか。
当事者の意思を軽視し、自分の正義感を押し付ける「独りよがりな支配」になっているのではないでしょうか。
2026年3月、マンガワン・小学館を巡る性加害事件の判決を受け、被害者(原告)本人が極めて冷静かつ切実な声明を発表しました。
しかし、この声明を巡り、SNSでは「被害者の代わりに怒る」代弁者気取りの正義厨の人々による、本人不在の議論が巻き起こっています。
特に、M氏の一連の発言は、一見すると被害者を擁護しているようでいて、その実は被害者の主体性を根底から否定するものでした。
まず、被害者本人が弁護士を通じて発表した声明の内容を正しく振り返りましょう。彼女は以下の点を明確に述べています。
小学館への感情: 強い怒りや恨みはなく、むしろ良い作品を世に出してほしいと願っている。
炎上の拒絶: 小学館や雑誌への過度な批判、炎上は望んでいない。
メディアへの訂正: 文春記事の「許せない」という見出しは本意ではなく、実際は「やるせない」と語ったのみ。
最大の願い: 自分の意思を勝手に解釈し、代弁者として正義を振るうのをやめてほしい。
大事なのは被害者は、自分が「怒り狂う被害者」としてネット民に消費されることを明確に拒んでいるのです。例え善意であってもです。
これに対し、M氏は被害者の声明をどう受け止めたのでしょうか。彼女の主張は驚くべきものでした。
> 「被害者の態度は虐待被害者特有の『認知の歪み』である」
> 「本来は怒り狂うべきなのに、それを抑えて謝罪するのは異常だ」
このように、普段より妄想と被害者意識の逞しい腐女子である彼女は、心理学的な用語を武器に、被害者の本心を「病的な反応」として処理しました。これは極めて危険な態度です。
被害者が自らの意志で「これ以上の争いは望まない」「前向きに活動してほしい」と言っているにもかかわらず、それを「認知が歪んでいるから、本心では分かっていないのだ」と決めつける。これは、被害者から「自分の感情を定義する権利」を奪う行為です。
M氏は、自分を「被害者の寛容さに甘えない、厳格で正しい大人」だと位置づけています。
しかし、その構図を整理すると、彼女の「寄り添い」がいかに独善的かが浮き彫りになります。
| 項目 | 被害者本人の意思 | ムラサキアジサイ氏の解釈 |
| 小学館への態度 | 良い作品を期待し、協力したい | 謝罪など論外。怒るべき。 |
| 社会の反応 | 炎上させてほしくない | 批判の手を緩めるのは甘え。 |
| 自身の発信 | 私の声を勝手に代弁しないで | 私は正しい。この歪みを指摘し続ける。 |
彼女が行っているのは「寄り添い」ではありません。
「自分が納得できる『理想の被害者像』への強制」でしかありません。
自分の正義感を行使するために、被害者を「正常な判断ができない弱者」に仕立て上げ、その声を封殺しているのです。
この独善的な振る舞いに対し、あおいとしき氏などが「素人が強く表明すべき内容ではない」「配慮が必要だ」とたしなめましたが、彼女の反応は極めて自己防衛的でした。
・ 「私は正しい」という信念を一切曲げない。
・「拡散される意図はなかった」と、影響力に対する責任を回避する。
・批判に対して「理解しましたが、私は否定し続けま)」という、対話を拒絶した形式的な返答。
他者の視点を取り入れ、自分の過ちを省みる柔軟さが欠如しているこの態度は、社会的に見れば非常に「幼稚」であると言わざるを得ません。
「被害者のため」と言いながら、実際には「自分の正義に酔っている自分」を守ることに終始しているからです。
M氏のような「暴走する正義」は、結果として被害者をさらに孤独にします。
本人が「やめてほしい」と言っている行為を、「あなたのためだから」と強行することは、加害者が行った心理的支配と構造的に何ら変わりません。
私たちは、彼女のこうした「専門用語を悪用した当事者軽視」に騙されてはなりません。真の寄り添いとは、相手の言葉をそのまま受け止め、その主体性を尊重することから始まります。たとえ納得できなかったとしても、自分が望む言葉を言わなかったからと言って認知の歪みだと言ってしまうような人を
「これが被害者に寄り添った態度だ」と持ち上げる人たちは、現実は腐女子の妄想とは違うことをまず認識すべきでしょう。世界は腐女子のイデオロギーでは動いていません。
M氏の発言は極めて幼稚なものと言わざるを得ませんが、本人は大人として発言しているつもりだそうなのでかなり救いがないですね。
「私は正しい」という鎧を脱ぎましょう。
そして当事者の静かな声に耳を傾ける。
高橋洋一(嘉悦大)@YoichiTakahashi
円安だと名目GDPが伸びる。これは古今東西「近隣窮乏化」として高校で習ったはず。名目GDPが伸びるので税収も伸びる。しかも外為特会で含め益ができ税外収入も伸びるのは事実。増えた税収や税外収入をどのように国民に還元するかを議論すればいい
https://x.com/YoichiTakahashi/status/2017752124348891546
高橋洋一(嘉悦大)@YoichiTakahashi
円安上等。円安はGDP上がるし、賃金も上がるし、失業率も下がるし、いいことばかり。TVでは時間がないので「近隣窮乏化」とかで説明するが、もともとは内閣府の計量モデル(国際機関のものも同じ)などに基づく発言だよ
https://x.com/YoichiTakahashi/status/2005863666592182742
高橋洋一(嘉悦大)@YoichiTakahashi
返信先:
@YoichiTakahashiさん
答、近隣窮乏化。こんな高校生でも知ってのを知らない人たち
https://x.com/YoichiTakahashi/status/2017359182530547973
その他、同様のポスト多数。
https://x.com/YoichiTakahashi/status/2027026383176913342
https://x.com/YoichiTakahashi/status/2019584411562570218
https://x.com/YoichiTakahashi/status/2005863666592182742
要は「今の超円安は日本のGDPにプラス。他の国が困るだけ。これが近隣窮乏化だ!」と言いたいらしいが、真剣に脳の検査を受けたほうがいいと思う。まず貨幣が不当に安くなっても得をするのは、典型的にはドイツやオランダのようにGDPの半分を輸出で稼げるような国である。日本は内需国家であり、化石燃料などの資源を海外から大量に輸入する一方で、輸出は近年あまり伸びておらず、貿易赤字状態になっている。言うまでもないが、GDPを計算するときは「輸出-輸入」なので、貿易赤字の国は単純に円安になればなるほどGDPが下がる。ゆえに円安で日本は窮乏化する。
つまり、この人は経済の素人が勉強して1日で分かるような基礎的な部分を間違えている挙げ句、「正しいのはオレ様!お前らはバカだ!高校生の知識も知らんのか!」みたいな傲岸不遜な放言を繰り返しているのであり、真剣に頭がおかしいと言ってもいいレベル。学歴や経歴などは立派だが、何かがおかしくなってしまったのだろう。とにかく初歩的ミスすぎて、このレベルの間違いをする経済アナリストの言うことなど全く聞くに値しない。
で、問題なのはこの高橋洋一が高市早苗のブレーンの一人であることだ。例の「円安でホクホク」発言も高橋洋一から吹き込まれた可能性を指摘されている。実際に上記のポストでも外為特会について言及しているから。
そんな素人のクソの山を誰が使うんだよ
発端はイランのフリゲート「デナ」が撃沈された事件を受けた印元外務長官(外務省官僚トップ、いわゆる外務大臣ではない)のツイートである
https://x.com/KanwalSibal/status/2029438199546954240
I am told that as per protocol for this exercise ships cannot carry any ammunition. It was defenceless.
とある。
「デナ」が参加したミラン演習は印主催の国際観艦式とその後の実働演習が一体となったものである。
これを利用してアラグチ・イラン外相や反米活動家連中は吹き上がっている。
しかし疑問は残る。
通常観艦式では多く観閲者-通常は国家元首であり、相応の礼を払うことがまた国際慣例である-に対して礼砲を撃つことがあり、さらにこの訓練では後のフェーズで実弾演習を行っている(海自艦も参加。米艦は参加を直前で見送り)。
この段階で相当「如何なる弾薬も非搭載」というのは怪しい。無いものは当然撃てない。
仮にも軍艦であり、往復は即ち軍事行動であってそこを全くの丸腰で通過することは考えにくい。
また、デナは補給艦を随伴しており、弾薬を降ろしていたとしても再補給も可能である(ただし洋上給油能力はないとされる)。
素人考えの域に入るが、全ての弾薬を降ろすと重量バランスが著しく悪くなるのではあるまいか(およそ1500トンの数%の話にはなるだろうが)。
なお、この人物はキャリアを見る限り外務官僚一本槍で、軍事に詳しい風ではなさそうだ。国家安全保障諮問委員会委員の経歴があるが2010年まで。このころミラン演習は国際演習ではあったが現在ほどの規模ではない。
政治的立ち位置は不明である(現ポストのネルー大総長はモディ政権下で就いている。弟は現野党の国会議員らしい)。
この辺を勘案すると、政治的に”盛った”可能性は低いように思われる(例えば野党系で政権攻撃の具にするために盛った、という確証はないというレベル)。
例えば、入港に当たり武装のスイッチを入れないとか、形式的な封印をするとか、そういった行動が伝言ゲームによって「如何なる弾薬も積載することが出来なかった」になったのではないだろうか。