名前を隠して楽しく日記。
それからずっと自分の特性について向き合って、PDCを繰り返した。
サイクルを繰り返す事で友人は居なくなったが、自分という系がよく見え、電磁波や光のように影響し合う関係性を前提とした見方により、学生の頃に比べて世界もよく見えるようになった。
医者による数時間による断定なんかよりも10数年自分と向き合った方が、確実に納得できる結果が得られると思う。
随分と息がしやすくなった気がする。
“ 宇宙はヒッグス場という場で満たされており、そのエネルギーは、中央が高くてその周りが低い、ワインボトルの底のような形をしたポテンシャルの中にある。”
“ 宇宙が始まったとき、ヒッグス場のエネルギーはポテンシャルの中央の山の位置にあったが、次の瞬間にその外にある谷、つまり真空に落ちた。このとき山の高さに相当する膨大なエネルギーが解放され、光と物質が宇宙を満たした。これが宇宙のビッグバンだ。”
“ 現在の真空よりも「もっとエネルギーの低い谷」が存在する可能性があることがわかった。”
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG123TA0S6A210C2000000/
江戸時代まで(明治維新前)の日本には、「安息日」という宗教的・週周期の休み概念は存在しませんでした。
西洋の「週7日周期+安息日(日曜など)」とは異なり、日本は太陰暦を使っていたため、曜日という概念自体が日常的に定着しておらず、統一された「週休」制度もありませんでした。休みは基本的に以下の形で決まっていました。
休みのサイクル例
年間休日数目安
備考・特徴
公務は三交代制が多く、実質週休5日に近いケースも。だが低給で休みに内職必須。
かなり多い(月単位のローテ)
村ごとに定めた「村中休日」+正月・盆・五節句・祭礼・農事行事
平均30〜60日程度
農繁期(田植・稲刈)はほぼ無休。農閑期や雨天は自然休み。信州など休み多めの村も。
非常に少ない(年2〜10日程度)
共通点:休みは「年中行事・神仏祭礼・農事の節目」が中心で、現代のような「毎週決まった休み」は皆無。
違い:武士(特に交代制の現場職)は意外と休みが多かった一方、農民・町人は天候・繁忙期次第で実質労働日が300日超になることも普通。
1日の労働時間も現代より短め(農民・職人は実働4〜8時間程度+休憩多め)の記録が多く、「働きすぎ」イメージは明治以降の工業化で強まった側面が大きいです。
まとめると江戸時代までの日本人は「何日出勤・何日休み」という固定パターンがなく、
農民 → 村の決めた行事日+天候次第(月0〜10日休み程度、年平均30〜50日くらい)
「安息日」のような週1休みが全国的に定着したのは、明治9年(1876年)に日曜日休みを導入してからで、それ以前は本当に「休みの概念が希薄」だったと言えます。現代の週休2日と比べると驚くほど少ない地域もあれば、武士のように「休み多め」なケースもありました。
もう冬終わった?
ずっと思ってるんだけど他人のコードをレビューしてコメントするんじゃなくて
レビューアーが自身で新しいコード書いてサジェストするルールにしたほうがよくない?
子育て支援の時にはパワーカップルにも所得制限撤廃してバラマキしなさいって野党の皆さんも言うてたじゃないですか
今更逆進性だの経済格差だの持ち出されたところでどっちらけですよ